Mashiro Chronicle

長文をまとめる練習中 割となんでも書く雑食派

スロウスタートを見て欲しい。

スロウスタート』を見て欲しい。

 

この記事は、ただそれだけを主張するためのものだ。

 

2018冬クールに始まったアニメは50本を超える。

ここ数年の推移から考えると平均的な値だが、それにしても絶対数が多い。

一週間に50本のアニメを見ることなど、相当な暇人でも難しい。

それどころか、アニメを仕事にしている人間でも厳しい。

必然、注目作と世間から置いていかれる作品に分化していく。

今期でいえば、『ポプテピピック』のスタートダッシュが記憶に新しい。

あるいは、クール途中から始まった『Fate/Extra Last Encore』だろうか。

注目される作品は、いつ何時でも話題に上がる。

一方で、様々な事情から影に隠れてしまう作品もある。

 

そう、『スロウスタート』も、まさしくそんな作品だ。

 

戦前の段階では、『スロウスタート』の評判は悪くなかった。

なんにせよ、スタッフが豪華である。

監督は『ごちうさ』、シリーズ構成も『ごちうさ』関係者。

キャラデザ総作監は『ふらいんぐうぃっち』。

制作はアニプレ直系のA-1 Pictures

A-1に賛否両論あるにせよ、悪い作品にはならないだろう、という見込みはついた。

 

では、始まってからの誤算はなんだったか。

おそらく最大の問題は、皮肉なことに、「2018冬は豊作だ」という事実だろう。

ダリフラ』『Fate/Extra LE』『Citrus』『よりもい』『VE』『ハクミコ』……。

クールに50本ある中で、これだけよい作品が揃っては、自然埋もれる作品も出る。

あるいは、『ゆるキャン△』の影響だろうか。

きらら系アニメがクールに2本あること自体稀だが、それにしても不運だった。

日本で話題になったのは『ゆるキャン』の方だった。

 

(念のため言っておくと、『ゆるキャン』もなかなか着眼点のよいアニメだ。

見て後悔する作品ではないので、関心のある人はぜひ。)

 

ここで問題にしたいのは、『スロウスタート』の被った悲劇の方である。

私の見ている限り、海外のレビューサイトにもほとんど評価がない。

Crunchyrollで公式配信されているにも関わらず、だ。

要するに、誰も見ていないのである。

 

日本では、『ポプテピ』の前番組なのがかわいそう、という意見も聞かれた。

つくづく運のないアニメだと思わされる。

 

だからこそ、声を大にして主張したい。

スロウスタート』は、いいアニメだと。

 

まず、作画の気合いの入り方が尋常ではない。

ここは一旦、1話のアヴァンだけでも見て欲しい。

驚愕すること請け負いである。

かわいい女の子が細かく動く。

単に細かく動くだけではない。

その細かな動きから、「魂」=「アニマ」を感じられるのである。

 

そもそも論になるが、アニメは本来、日常描写が苦手なのである。

当たり前の話で、作画労力に対して、得られるリターンが少ない。

そのくせ、手を抜くとすぐ分かる。

面倒なことこの上ない。

もちろん、日本のアニメは様々な工夫でそれを克服しようと試みてきた。

というより、アニメ史とは、その闘いの連続だったかもしれない。

 

スロウスタート』は、きららアニメとして、それに立ち向かう運命の下にあった。

派手なアクションシーンはない。

魔法少女のように、変身したり杖から光を放ったりもしない。

スポーツアニメのように、ここぞという見せ場もない。

日常モノにありがちな突飛な設定もほとんどない――カフェなんてやっていない。

とにかく地道に少女の動きを描かなくてはならなかった。

A-1 Picturesと監督、総作監など絵のスタッフが試みた解法はシンプルそのもの。

それが、あの細かさだ。

 

えーこが喋れば身体がしなり、たまちゃんが動けば髪が揺れる。

はなちゃんのもじもじもかむの嫉妬もすべて「アニメーション」の中にある。

歩きも口の動きもテレビ離れしている。

止まっているシーンに慣れ親しんだ我々が恐怖に駆られるような出来栄えだ。

この記事を書いている時、ちょうど7話をオンデマンド再生していた。

冒頭のえーこと榎並先生の絡みなど、衝撃を禁じ得ないレベルにある。

生き生きとした、と評価するより、もはや動かすことへの執念に敬意を払うべきだ。

 

演出も隙がない。

ひと口にきらら系、日常アニメといっても、実際問題演出の方向性というものはある。

その点、監督が『ごちうさ』と分かっている『スロウスタート』には安心感がある。

とはいえ、やはり別作品は別作品。

ごちうさ』に典型的な、テンポを敢えて一つ遅らせたようなリズムはあまりない。

一番その呼吸に近かったのは5話6話近辺だった。

とはいえ、6話には監督自身がコンテに関わっているのだが。

同じキャラ同士の掛け合いでも、ギャグのテンポとも『ごちうさ』のリズムとも違う。

より自然に、流れるように、それでいて見せ場はきっちり作る。

そのバランス感覚が際立っている作品だ。

 

そして何より、題材がいい。

美術系の学校に通うわけでもカフェを運営するわけでも占いを極めるわけでもない。

もちろん魔女が空を飛ぶ世界線でもない。

愚直なまでに女子高生を描く。

とはいえ、何もテーマがないわけではない。

そのテーマはもう分かりきっている。

 

「しあわせは、ゆっくりはじまる。」

 

このキャッチコピーに尽きる。

要するに、『スロウスタート』が描こうとしているものは、この2点だ。

人と人が、どう近づいていくか。

人は、どうやって幸せにアプローチするのか。

これだけ。

秘密も過去も抱え込んだ少女たちが、ゆっくりと、その答えに迫っていく。

彼女たちが意識しないうちに。

おそらく、未だかつて、こんなことを題材にした日常系アニメはなかった。

OPの「もっともっと/私たち/近づいてく/ゆっくりと」であるとか。

EDの「いつか小さな秘密/話せる日が来るよね」であるとか。

主題歌の歌詞にまでそれが現れている。

タイアップも多いアニメ界では昨今あまり見られない姿勢だ。

純粋に、創作物として好感が持てる。

 

はなちゃんが1話Bパートで一人だけ離れて歩くことにも理由がある。

8話Aパートではなちゃんの歩く足だけが映されたのにも理由がある。

こうした細かい演出にもテーマ性がにじみ出ている。

言うなれば、この作品そのものが「ゆっくりと」=丁寧に作り込まれたアニメなのだ。

 

作り込みを数えればキリがない。

強い刺激にならない程度にしっかりと華を添えるライティング。

空気感を大切にしたような、柔らかな背景の配色。

アクセントとしての、目の奥の花模様。

かわいさと柔らかさを兼ね揃えた作品と評していいかもしれない。

 

そう、もしかしたら、『スロウスタート』は従来のどのアニメとも違うかもしれない。

これまでの評価軸を土台にしつつ、もっと違う何かを見ているのかもしれない。

だから、こう答えておこう。

スロウスタート』は、紛れもなく「スロウ」な作品だと。

 

スロウスタート』は『スロウスタート』だ、と答えるのはちょっと悔しい。

だからこれは、私のちょっとした反抗だ。

あなたも、この「スロウ」な世界を一度堪能してみて欲しい。

 

そう、『スロウスタート』を、見て欲しい。