Mashiro Chronicle

長文をまとめる練習中 割となんでも書く雑食派

耳かきボイスドラマについて思うこと

遅ればせながら、本格的な耳かきボイスに手を出した。

 

もともと同人音声には手を出していたので、抵抗があったわけではない。ただ、なんとなく手を出すタイミングがなかった、それだけのことだ。

 

耳かきボイスといえば、数ある音声ソフトの中でも、最も技術の進歩という恩恵にあずかることのできるジャンルだ。今回、改めてそのことを思い知った。

 

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同人音声には様々なジャンルがある。オリジナルから二次創作まで、という幅の広さも魅力だし、他方で用途=テーマという分類もある。

 

たとえば、私が最初に手を出した同人音声は東方の某二次創作だった。こちらのシチュエーションは添い寝だったと記憶している。もちろん、東方同人界隈は激戦区であり、他にも本格派のボイスドラマや告白音声など多様な供給がある。余談になるが、同人音声に関心はあるけどちょっと踏み出すのは怖い、という人は、こういった裾野の広いジャンルから入るのも手だと思う。

 

ディープなものだと、オリジナル/二次創作の別を問わず、アダルト要素が多分に含まれるようになってくる。極北は催眠音声だが、他にも自慰サポートやベッドインシーン再現など、挙げてもキリがない。この辺り、流石HENTAIの国である。

 

そんな中で、耳かきボイスドラマは境界線上にあると言ってよい。

 

耳かき音声は、ちょうどライトな世界とディープな沼の境目なのだ。

 

最近はアニメのパッケージソフト売上が落ち込んでおり、各社様々な工夫を凝らしてテコ入れを図っている。ボイスドラマの封入はその打開策の一つだが、昨今、耳かき音声が取り入れられるケースが出始めた。これは、耳かきドラマであれば表世界の商業流通に乗せられると判断された、ということだ。

 

もっとも、話はそう簡単ではない。

 

耳かきといえば、現実世界での耳かきサービス業と聞いて私たちが抱くイメージのとおり、極めてグレーな世界だ。一歩間違えれば風俗である。

 

アニメのパッケージに同梱される耳かき音声は、そうしたやましいところのない、純然たる健全ドラマだ。ただ、私たちはそこにグレーを感じる。そのグレーが大衆の本能を、製品の販売を刺激する、と考えられたのかもしれない。

 

ただ、どうしようもない事実だが、グレーというのは所詮グレーなのだ。黒ではない。

 

要するに、思い切りが足りないのだ。

 

超話題作に特典として収録された耳かき音声ですら、時間はせいぜい20分程度。この時間の短さは脚本の練り込みやシーンの間などに深刻な影響を及ぼしており、「付録は付録」という印象が否めない。こうなってくると、グレーの意味合いが白視点から黒視点に切り替わってしまう。つまり、アブナイという本能を刺激するグレーから、染まりきっていないまがい物のグレーへと変貌してしまうのだ。

 

その点、真っ黒な同人音声は凄まじい。

 

同人界――誤解を恐れずに言えば、インディーズを含めてもよいと思うが――の品質というものを舐めてはいけない。商業顔負けの設備と人材を揃え、本気で制作している。

 

収録時間は平気で2時間近くにのぼり、最後までアダルトコンテンツに執着する。鎖から放たれた本能と創作意欲という獣は地平線の彼方まで走り抜け、私たちを天まで導いてくれる。

 

真っ黒な同人耳かき音声は、私たちに「突き詰めるという行為は恐ろしい」という事実をきっぱりと提示してくるのだ。

 

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同人音声の中で、耳かきボイスドラマはそこまで数が多いジャンルではない。

 

もちろん、需要が極端に狭い某領域に比べればそこそこの数があるのだが、しかし需要に追い付いているかどうか、判断が難しいところでもある。

 

理由は一つ。技術的制約である。

 

冒頭、耳かきボイスドラマは技術の恩恵を受けやすい、と述べた。この言葉に嘘偽りはなく、むしろ技術の進歩を感じたいなら耳かき音声を聞けばよいとすら思う。

 

だが、これは裏を返せば、サークル間の技術力・資金力の差が品質に直結することを示している。

 

つまり、手を出そうと思って簡単に手を出せるジャンルではないのだ。

 

ためしにD○MなりD○Siteなりにアクセスして、耳かき音声を検索してみて欲しい。そこら中に「バイノーラル」だの「ダミーヘッドホンマイク」だの、ボイスドラマ初心者には難しい単語が立ち並んでいることに気が付くだろう。

 

果ては「ハイレゾ」である。そう、たかが同人音声が「ハイレゾ」。これが耳かきボイスドラマの世界なのだ。

 

そんな意味不明な技術を駆使して作られた耳かきボイスドラマは、いったいどんな仕上がりになるのか。

 

詳細は、自分の耳で確かめてみて欲しい。

 

一つ言えることは、バイノーラルにせよダミーヘッドホンマイクにせよ、どちらにも共通して言えることだが、「人間の欲望は怖い」ということだ。おそらく、今まで人類が発明してきた技術の中で最も罪深く、最も理解できないものがこの二つだろう。神様も呆れ返っているに違いない。私たちの耳は、こうした技術の進歩を活かした耳かきボイスドラマによって幸福に満たされるようになり、そのうち意識の生産まで委ね始める。

 

音は、どこまで私たちの意識を、感覚という受容を支配できるのだろうか。昔、音が聞こえない状態で食べるポテトチップスはまずい、という実験結果が世間で話題になったことがある。私たちの五感は有機的に結びついているから、さもありなん、といったところだろう。

 

だが、この実験から導かれる「五感は互いに影響し合っている」という事実に恐怖する瞬間がある。

 

それが、耳かきボイスドラマを聞いている時だ。

 

両耳に音という異物が入り込んだ時、あなたはそのことを思い知るだろう。

 

私たちは、間違いなく、耳かき音声によって脳をかき乱されている。耳かきで気持ちよくなり、耳舐めで性的快感を得る。私たちは、どこまで自律して物事を受け止められているのか。私たちは、どこまで意識というものを自らの理性に帰することができるのか。そんな不安が、ふと脳裡をよぎる。

 

それでも、私たちは堕ちていく。甘い甘い耳かき音声は、私たちに諦めをもたらすために現れた堕天使なのかもしれない。音に導かれるまま、私たちは理性をかなぐり捨てて、一瞬獣になる。都市に生き、身体性を失いつつある私たちが感じる堕ちる悦びこそ、耳かき音声の本質なのかもしれない。