Mashiro Chronicle

長文をまとめる練習中 割となんでも書く雑食派

傑作の正統なる「続編」とは 【『金色ラブリッチェ-Golden Time-』プレイ感想<ネタバレ注意>】

 

私たちは、愛のボルテージでどこまで突っ走ることができるのだろう。

 


 

作品概要

・高評価を受けた『金色ラブリッチェ』の「続編」

・前作ヒロインのアペンドシナリオの他、昇格ヒロインの本ルートも収録

 

プレイする前に確認!

・『金色ラブリッチェ』(無印)のネタバレを含むので、前作のプレイを強く推奨

 

ここがオススメ!

・昇格ヒロインのシナリオはイチャラブにHに大満足の仕上がり

・BGMとボーカルトラックの出来栄えが秀逸

・ギャグパートと(所謂)しっとりシーンの緩急の差が見事

 


 

※以下はネタバレを含む。

 

2017年の暮れ、SAGA PLANETSが世に送り出した『金色ラブリッチェ』(以下『金恋』)は、その圧巻の完成度からアダルトゲーム界隈を席捲した。あれから1年強、SAGA PLANETSとしては非常に珍しいことに、同一タイトルを用いた新規作として『金色ラブリッチェ-Golden Time-』(以下『金恋GT』)が発売されるに至った。

 

この作品は、『金恋』の「続編」だ。アダルトゲームの世界でよく見られる「FD」ではない。実際には、『金恋』にて攻略可能だったヒロインの大半については短いアペンドシナリオ(アフターストーリー)のみの収録であり、また新規シナリオを獲得したヒロインも全て昇格であったから、「FD」的な要素はそれなりに強い。それでも、この作品は共通ルート(同作では「PROLOGUE」表記)からして『金恋』と異なるものを採用しているし、プレイヤーに情報が与えられるタイミングも大きく異なっている。所謂「IF」的要素を多分に含む作品であり、「続編」と称されても違和感はあまりない。

 

(※『金恋GT』初回版付属の原画集において、原画のとらのすけや有末つかさは本作を「金恋FD」と称していることを付記しておく。)

 

実際のところ、『金恋』の「続編」を作るのは相当大変だったのではなかろうか。そのことは、「PROLOGUE」すなわち体験版部分での理亜と主人公の会話からもうかがえよう。理亜は語る。きっちり完結した作品の続編は蛇足感がある、と。『金恋』は、その優れたシナリオ構成が賞賛されることからも分かるように、それ単体で完成された作品だった。いかにアダルトゲームの世界が、そして所謂「サブカル」世界の想像力が、「可能性」や「複数世界」といった単語に惹きつけられてきたとはいえ、あそこまで「不可避的」な運命を描き切った『金恋』の「続編」ともなると、それなりの理屈を用意せねばならない。

 

その答えもまた、同じシークエンスの中で示されている。理亜の問いに、主人公はこう返した。テーマ性を重視した1作目に対し、キャラへの愛着が湧いた段階で作られる2作目は、そのキャラたちと楽しく過ごす、これで十分なのではないか。それが、鑑賞者-プレイヤーの求めるものではなかろうか、と。

 

このコンセプトは『金恋GT』において一貫している。事実上のアフターストーリーである前作ヒロインのアペンドはもちろんのこと、昇格ヒロインの絢華とミナの本編シナリオでもしっかりと守られていた。その割に、物語(や雰囲気、描写の細かさ)に緩急がないわけではなく、むしろきっちりとつけられているのが素晴らしい。特にミナルートでの湖畔CGの描写は圧巻で、シナリオライター、流石の技術だ。綾華にせよ、ミナにせよ、話をよりシリアスにすることはいくらでもできたはずだ。その手段を取らず、コンセプトに沿う形できっちりと話をまとめる。平凡なようで、制作側に相当の練度が要求される作り方だったはずだ。その意味で、『金恋GT』は紛れもなく労作である。

 

では、「2作目」に「テーマ性」はなかったのだろうか? この質問に答えることは難しい。「テーマ性」という語の定義にもよる。少なくとも、特に『金恋GT』の理亜ルートは、『金恋』(無印)のGOLDEN TIMEルートとは異なる結末でシナリオをまとめたことは事実だ。だが、だからと言って『金恋』の持っていたある種の方向性が全く失われたわけではないだろう。ゴールデンタイムという言葉や、「カッコいい」という形容詞を用いて、キャラクターの生、いや生き様や生き方を描写しようとする姿勢は、『金恋GT』、特にマリアルート(以下同一人物のため理亜ルート表記)においても観察される。綾華ルートのみ、「ゴールデンタイム」という言葉を少し変わった形で使ったと思われる(テレビによって届けられる「最高の時間」と、それに関わっていた頃の情熱溢れる綾華の姿)。

 

理亜ルートをプレイすると、その結末のご都合主義感にびっくりする人もいるかもしれない。しかし、これにしても結局、前述のコンセプトを完遂するためには必要な措置であったし、『金恋GT』が制作されるにあたり前作プレイヤーからどのような要望が寄せられたか推測すれば、この結末はあらゆる意味で必然だった。また、誤解している人も多いだろうが、『金恋』GOLDEN TIMEルートにおいて真に重要なのは、理亜の死ではない。上で述べたように、死という不可避の運命と対峙してもなお自身の価値観を全うしようとした理亜の生き様の方が、『金恋』という作品においては重要なのだ。そう考えると、今作の理亜ルートもまた、自身の、恋人の、そして親友の死に直面したそれぞれのキャラがどのような決断を下すかにきちんと焦点が合わさっており、『金恋』の方向性と一致していることが分かる。『金恋GT』では、実際に死をシナリオに組み込む代わりに、「生」(すなわち、何かが生まれること、何かを生むこと)を加えることでそれを表現したに過ぎない。

 

それでも、この作品における理亜ルートは、結局1つのあり得た「可能性」に過ぎないかもしれない、という事実が、プレイヤーの胸を苦しくする。理亜ルートの最後において、主人公が投げ入れた箱の中に入っていたのは、銀のラブリッチェマークだ。これはすなわち、この「可能性」における主人公が湖に投げた箱は、湖によって祝福されていない、ということだ。『金恋』においても、『金恋GT』においても、幼少期の主人公・シルヴィ・理亜3人が拾うのは、金のラブリッチェが入った箱である。そして、これを投げ入れたのは、理亜が死に、最終的にシルヴィと結ばれる『金恋』GOLDEN TIMEルート(及びシルヴィルート真エンド)の主人公だ。あたかも、『金恋GT』理亜ルートでは、湖とその神様は理亜の無事というその1点だけ彼らの願いを叶え、それ以外の何も導いてはくれなかった、と言わんばかりだ。銀のラブリッチェを投げようとも、物語は完結する。しかし、銀のラブリッチェを投げることで示されるのは、何色であろうとも光と世界に導かれながら生きようとする、理亜ルートの主人公の強さであり、それ以上ではない。この銀のラブリッチェを投げるという結末を導いたのが、過去に何か贈ることができたとしても何も贈らないという「現在」への強い意識を持った理亜と、未だ来ぬ最上の幸せを追い求め籤という神意にも沿う生き方を送った主人公だったという事実も、今ここで確認する必要があるだろう(逆に言えば、そのような2人の態度を湖が「祝福」したのである)。

 

金のラブリッチェを投げて初めて主人公・シルヴィ・理亜の物語が完成するのだとすれば、『金恋GT』の理亜ルートはやはり「可能性」に過ぎない。すなわち、私たちプレイヤーは、あり得たかもしれない1つのハッピーエンドを見せられているだけだ。そして、このハッピーエンドを噛みしめる度に、かえって金のラブリッチェを投げ入れていた世界を心のより深いところで受け止めることになる。それが、理亜ルートをプレイし終えた後に感じる、この胸の痛みの正体だ。

 

そこまで考えが至ると、やはりと言うべきか、別の意味で『金恋GT』は正しく『金恋』を補完する「続編」であると分かる。何が「運命」で何が「必然」か考えさせながら開幕し、「ラッキーパンチみたいなロマンス」を提示し切った後、「あ~この子がかわいかった」という感慨だけ抱かせてプレイヤーを解放してはくれない、『金恋GT』の、そして『金恋』の深さは、ここにある。

 


 

私たちは、愛のボルテージでどこまで突っ走ることができるのだろう。

 

死か、生か、はたまた永遠までか。

 

(了)

 

【正式サービス記念】『あいりすミスティリア!R』 調整雑感2019-02-05

祝・正式サービス記念 『あいりすミスティリア!R』

 


 

記事作成2019年2月5日

 


 

昨年11月に初心者向けの記事を書いてから早3ヶ月が経とうとしている。最初期は色々と不安だったものの、最近は安定感を見せつつある『あいりすミスティリア!R』(全年齢版はRがない、以下ゲーム部分はほぼ変わりがないので共通して「あいミス」)。

 

この度、めでたくβテストが明け、正式リリースの運びとなった。

 

そこで、本エントリーでは、相変わらず少ない攻略記事代わりとして、一応2018年末くらいからの本ゲームにおける調整などについて、備忘録を兼ねて書き残しておく。都合、前記事と異なり、書いてある内容自体は初心者にとって有益だが、対策は中級者以上向け(メインシナリオ6章ノーマルくらいまで到達済み)、というコンテンツが多い。その点ご承知おきを。

 

1.魔法救済

2.難易度調整(メインシナリオハードモードなど)

3.イベント周り

4.ガチャ周り

5.現在の不遇/不満

 

 

1.魔法救済

 

正式サービスの時に始めた人や、年末年始のキャンペーンで始めた人には全く実感できないだろうが、βテストが始まってから数ヶ月の間、魔法キャラは本当に酷い目に遭っていた。

 

どのくらい酷かったかというと、具体的に不遇ポイントを聞かれて幾つも答えが浮かんでしまうくらいに酷かったのである。

 

(A) そもそも通常攻撃が魔法ではない

これは実は、新規プレイヤーにとっては未だに深刻な問題である。魔法に強いキャラ(ラディス、エルミナ(ロリコン)、セシル様あたり)は、もちろん魔法攻撃の威力が高く、その分物理火力や物理耐久は低めに設定されている。しかし、あいミスにおいては、通常攻撃は原則物理なのだ。

これは何を意味するかというと、魔法キャラはスキルと萌技を撃てるタイミング以外、一切魔法攻撃が出せなかった、ということだ。オートモードだと、スキルは開幕から順繰りに放っていくので、都合戦闘の最初の方はそこそこの火力が出るが、4ターンほど経つと完全にお荷物になってしまうのである。

しかも、魔法キャラの魔法攻撃スキルは使用間隔が長い。おまけに、紙物理耐久が祟って、とてもとても前衛には置けないため、萌技の回転も遅い。これでは、魔法キャラを使うメリットが一切ない。

流石に運営も見かねたのか、2018年末~2019年始ごろから、魔法キャラに対し徹底的なテコ入れが行わ始めた。具体的には、イベント配布のSR+聖装や限定SSRに、通常攻撃魔法化のアビリティを付けまくったのだ。実際、これでロリコンあたりは相当いい思いをし、格段に実戦での運用難度が下がった。

ただ、SR+で配るのは一長一短。限定SSRと違い、イベント周回で手軽にアビリティ強化ができるため、イベントに参加しているプレイヤーであればキャラの大幅な強化が見込める。一方で、イベント以外で手に入れることが難しいため、タイミングを逃すとしばらくずっと強化できないままである(よほどそのキャラが好きで、貴重な聖装券をSR級のカードに使ってもよいと思えるのなら別だが……)。

また、不幸にもと言うべきか幸いにもと言うべきか、まだ魔法火力の本丸とも言える、ラディスとセシル様の強化が来ていない(セシル様は推定2月末に来る。とはいえ、セシル様についてはもう少し違ったテコ入れが必要なのだが)。なかなか時間のかかる作業になりそうである。

 

(B) 魔法>物理の敵が少ない

これも当時はかなり深刻な問題だった。そもそも、RPGの基本はレベルを上げて物理で殴る、なのだが、それにしたって物理偏重が過ぎた。

理由は、魔法の仕様にある。攻撃と防御にパラメータが分かれている物理と違い、魔法は攻防一体のパラメータである。これはすなわち、相手が魔法攻撃を撃ってくる場合、こちらも魔法で対抗していてはいつまで経っても終わらない、ということである。もちろん、味方の物理キャラは大抵魔力が低いので、喰らえば痛手を被る。しかし、大抵の場合、長期戦に持ち込むより短期決戦で挑んだ方が効率も勝率もよかったのだ。そのため、相手が魔法キャラだろうと、容赦なく皆物理編成で挑んでいた。また、上述のとおり、こちらは通常攻撃が物理なのに、相手は通常攻撃も魔法なので、結局魔法キャラで耐久戦は無理だったのである(いくら相手の物理耐久が低いとはいえ、流石に敵の方がダメージが優っていた)。

現在は、敵の方に調整を施すことで、間接的に魔法キャラの救済を図っている。そのヤケクソみたいな調整の産物が、後述7章ハードモードボスではなかろうか。

 

(C) 魔法のいいところが一切活かせない

実は、このゲームには最初から魔法キャラ救済が組み込まれていたのである。それが、「魔法攻撃は原則必中」という仕様だ。これは、相手が回避をガン積みしようと、状態変化である飛行モード(回避超上昇)になろうと、基本的に攻撃が当たる、というものだ。

しかし、βテストが始まってからしばらくの間、基本的に敵は一切回避しなかった。いや、回避を上げる敵はいるにはいたのだが、大抵初期設定値が低く、また紙耐久だったため、敏捷の高い物理(ベア先生やラウラにゃんなど)で上から殴れば解決していた。

また、回避を上げる難ステージもあるにはあったのだが、最悪なことに、相手は魔法キャラで、魔法攻撃に非常に強かったのだ(5章ボス)。長期戦になればなるほど、周りの雑魚敵がどんどんボスの回避を上げていくので、ここでも基本的に、範囲持ち物理(シャロンほか)で雑魚を殲滅し、じっくりボス(まな板)とやり合う、という戦法が好まれた。唯一、恒常SRのスキルに相手の魔力吸収を持っていたラディスだけは使われたが、これもSRだけでは属性相性の問題で非常にしんどかった(ラディスのSRは緑だが、周りの雑魚の属性が赤)。

その後、イベントボスを中心に、回避をガン上げする物理エネミーが多数登場し、この問題は解決されている(限定クエストの強敵クエストでその面影を感じられる)。ただ実際、回避を上げてくる敵は罠持ちのティセを連れていけば解決するので、魔法云々の問題ではない側面もある――罠ティセの強化が行われたのもイベ限SR+だったので、新規層には辛い話だが。

 

このように、魔法キャラの地位向上が必死に行われていることは事実だ。願わくば、セシル様にもその恩恵がありますように。

 

 

2.難易度調整

 

βテストが始まった時、一番プレイヤー泣かせだったのは難易度調整だろう。主に5章ボスのことを指している。

 

当時は本当に5章ボスがしんどかった。もちろん、3章の下っ端天使もしんどいにはしんどかったのだが、5章ボスのまな板には本当に一度酷い目に遭って欲しいと思っていた。

 

正式リリースに合わせて、メインシナリオにハードモードが実装された。また、それに先立って、パーティ編成の数値指標が改訂され、大きく値が切り下げられた。この正式サービス開始に伴う調整で、5章ボスノーマルモードにどのような変化があったのか、正直筆者には測定できない。当時とは育成の練度が違うからだ。なんなら5章ハードモードですら苦にすることなく突破してしまっている。

 

ただ、数値指標を信用するのであれば、難易度は若干下がっているのではないか。属性が偏っていると相変わらず大変なのだが、それにしたって25前後であればなんとかなる――と思うのは、前からずっとやっているプレイヤーの感想だろうか。

 

問題は、ハードモード実装に伴って追加された7章の方だ。当時の5章ボスの理不尽さを既にノーマルモードから醸し出しているのがもうなんというか、ズルい。実際ヤケクソのような難易度調整を施されている――数値上は70と上回るものを持っている限定クエスト中の白狼やガルガンチュアは攻略パターンがあるのに対し、こちらは純粋に耐久・火力・技の付随効果に隙がない。変に回避も高くないから罠にも引っかからない。単体だからポリン師匠を壁にしておけば勝手にデバフ祭になるだろう、と高をくくっていたら、なんと「いてつくはどう」持ちだった上、特殊技が魔法だったためそもそも意味がなかったという。

これについては、5章ボスよろしく、基本に立ち返って「色染め」で行くよりない、というのも、火力が高すぎて等倍でも2回目の特殊技を耐えられないことがほとんどだからだ。参考までに、限定SSR師匠(黄)は開幕特殊技+連続攻撃に当たる2回目の前衛範囲でぴったり落ちるのに対し、R師匠(緑)は耐える。

この戦いで有用なのは、恒常SSRウィルちゃんと、恒常SRラディス(ともに緑)。恒常SSRウィルちゃんは、確率こそ低いが睡眠ワンチャンを狙える。これは本当にありがたく、1ターン相手が行動してこないだけでも相当楽になる(特に、冥王スキルを使っての回復を狙う場合)。また、ウィルちゃんは恒常SRに魔力デバフ、限定SSRにいざという時のための蘇生スキルを持っている。通常蘇生スキルは採用が見送られることが多いものの、今回に限っては、前衛がどれだけ踏ん張れるかという勝負のため、また、オートで回した場合でも誰かが倒れていない限りは空撃ちせず、通常攻撃での睡眠ガチャトライを妨害しないため、採用候補だ。

恒常SRラディスは、強力な魔力吸収スキルが魅力だ。スキルレベルを上げていけば、一回で相手の魔力を2500下げられる。これで回復(主に恒常SRクリス(邪念)が担当)が間に合えば勝負あり。また、スキルの回転が早いのもポイント。工夫としては、開幕はウィルちゃんのデバフで凌ぎつつ、相手が一回目の「いてつくはどう」を撃ってからラディスのデバフが入るようにすると、ぐっと安定感が増す。

基本的に、この戦いでこちら側にかかるデバフは考慮しなくともよい、というのも相手のスキルで勝手にこちらのデバフも解除されてしまうからだ。どのキャラに弱体が付くかは正直運なのだが、こればかりは祈るよりない。睡眠も含めて、なかなか安定は難しいだろう。特に筆者はラディスとクリスが育っていなかったため、大変に苦労した。

 

このように、若干難易度調整に苦労している節は見受けられるものの、総じて最初期よりはぐっと良くなっている。運営に感謝。

 

 

3.イベント周り

 

こちらもリリース直後からだいぶ悩んでいるようだ。最初のイベントといえば、ひたすらにクエスト消化回数をカウントする凄まじいものだった。流石にお試しだったのか、次イベントからは色々工夫がなされるようになった。

 

あいミスのイベントは、細かく分けると3種類だが、大別すると2パターンに分類できる。1つは、単純にイベントクエストを周回するもの。もう1つは、イベントクエストを消化した上で、学園を周回するもの。

 

前者はシンプルで、とりあえず難度の高いクエストを周回していればよい。たまに、低難易度で特効付き想飾を5個手に入れてからの方が時間効率がよい時もあるが、BP効率は基本的に高難易度ほどよいので、迷う余地がない。

最近の運営の工夫としては、出るイベントアイテムの数にそれなりの幅を持たせる、というものがあった。尤も、プレイヤーに誤解を与えるとして、すぐに最低保証ができたのだが。あれはあれでゲームとして面白かったとは思うので、一策ではある。

 

もう1つの学園周回型、これこそ運営の努力の賜物である。このタイプのイベントは、クエストではなく学園で手に入るイベントアイテムの開封個数をカウントしている。クエストで手に入るアイテムは、時短効果しかない。

最初にこのイベントが行われた時は、イベントアイテムが処分できず、48時間待ちぼうけというプレイヤーも実際にいたのだ。一方で、高レアイベントアイテムからは超高確率で召喚チケットが出ていたため、運よく早期にイベントミッションを達成しきったプレイヤーは完全ボーナスステージ、さもなくば死、という凄まじい状況だった。流石に運営に苦情が入ったのか、イベント開催中に臨時メンテナンスが入り、イベントアイテムが処分できるようになった。

以降は、イベントアイテムの騒動が収まった代わりに、高レアアイテムからもチケットがやすやすと落ちなくなった。まあ、このイベントの主眼は普段できない学園の周回にあるので、このイベントが来たら、普段学園に回していないキャラにも目を向けて挙げて欲しい。

 

イベントボスの調整については、上で若干触れたので割愛。

 

 

4.ガチャ周り

 

本当によくなった。ありがたい限り。

 

まず、ガチャの種類が増えた。誕生日記念のガチャもリリース当初は存在しなかったし、ステップアップガチャができたのも最近だ。これだけでも相当に違う。

 

また、蒼片の扱いもぐっと良くなった。この正式リリースに併せて。消えた分の蒼片も別アイテム化され、言うことなしである。

 

ガチャとは直接関係ないが、聖装券の存在も大きい。あいミスは太っ腹で、なんと限定SSRまで交換できるので、ありがたい限りである。

 

継続微課金のサービスもよくなっているので、この辺りは本当に運営に感謝である。

 

 

5.今後の課題

 

現状の不満としては、主に①キャラ、②UI、③ガチャの3点がある。

 

①キャラ、というのは、未だになかなかテコ入れの順番が回ってこない、または、テコ入れの後も少し使いづらいキャラがいる、というものだ。具体的には踊り子。これは、このキャラの使いにくさは根本的に幸運の基礎ステータス値が十分に高くないところにあるからで、ここが解消されない限りは厳しい戦いが予想される(特に、競合相手のウィルちゃんが凄まじい幸運値を誇るので……)。いや、実際イベントSR+で相当使いやすくはなったのだが。邪念ちゃんの後輩については、正式サービスに前後して若干修正が入り、また、バレンタインイベントでも救済がある見込みなので、若干待ち。

 

②UIは、主に学園とポテンシャル関係のUIのこと。とはいえ、これをさっと管理するUIの案がなかなか筆者にも思い浮かばないので、せめてキャラを見やすくする、残り必要アイテム個数を表示する、くらいの工夫しかできないかもしれない(実際、正式サービス開始に併せて学園のUIが更新されたが、大して使い勝手はよくなっていない)。

 

③ガチャの問題は、単純にピックアップが仕事をしてくれない、というその1点。

 

 

いや、正直に言って、相当よくなっていて驚くくらいなのだ。できればそろそろiOS版の情報も欲しい頃だが、それは流石に欲張り過ぎだろうか。今後も楽しくプレイできれば御の字である。

 

あ、あとセシル様とセシル様ママとの3Pの実装もお願いします。

 

(了)

 

2018年エロゲ3選

いよいよ年の瀬である。正直この1年何をやったかさっぱり覚えていないが、少なくともエロゲをしていたことだけは確かだ。ということで、平成最後のコミケも無事に閉会したことであるし、超個人的2018年エロゲ3選をここに書き残しておこうと思う。

 

いくつか注意点。まず、極めて主観的な選出である。当たり前のことだが、強調しておきたい。それから、筆者は特にロープライスの抜きゲーに疎いことと、さらにもう一点、その歴史的価値を判断するにはまだ時期が熟していないことから、『ランス10』を抜いて判断していることを特記しておく。

 

例によって長い予防線コメントもここまで。あとは勢いで書き倒していきたい。

 


 

①『お兄ちゃん、朝までずっとギュッてして!』/Tinkle Position

 

tinkle-position.com

 

紛れもなく秀作である。一つの工夫でゲームのコンセプトを分かりやすく伝えることに成功している。キャラのバランスも取れていて、妹ものとして極めて高いレベルにある。

 

何より、スタッフの妹への愛情が素晴らしい。こちらのブログを読んでいただければ、ここで私の駄文を読むよりずっと、このゲームがいかに考えられた、業の深い作品であるか理解していただけると思う。

 


 

雑談。今年はなにかと「業が深い」ということを考えさせられた1年だったように思う。

 

 

雑談終わり。

 


 

②『みにくいモジカの子』/ニトロプラス

 

www.nitroplus.co.jp

 

超アクセス数が少ない私のブログの中で、数少ない定期的に訪問者を確保しているエントリが『モジカ』の感想である。まあおおよその感想はそちらを参照してもらいたい(ネタバレ注意)。一つ強調しておきたいのは、この作品はこれまでのどんな作品とも違う、ということだ。よくCLOCKUPの作品群と比較する感想を見かけるが、(私見では)ジャンルや作品が描いたものが全く異なるのであまり意味のある比較になっていない。もちろん、これはどちらが優れているいないという問題ではない。どちらも「エロゲ(ー)」として秀作である。

 

 

③『アメイジング・グレイス』/きゃべつそふと

 

cabbage-soft.com

 

『まおてん』(きゃんでぃそふと)と迷った。捻ったシナリオ枠ということで。まあこれも業の深い人間を描いているといえばいるなあ…… 芸術はそういう側面を持っているのではと言われると、否定できない自分がいる。これも感想をブログに投げてあるので過去記事を参照して欲しい(ネタバレ有り)。素材に対して誠実に作るというのは、とてもしんどい作業なのだが、怯まずに挑んだきゃべつそふとのスタッフに精一杯の賛辞を送りたい。シナリオが秀逸なのは間違いないが、それ以外にも制作陣の努力とこだわりが垣間見える快作だ。

 


 

結局、上に雑談でも書いたが、とかく私たちは業が深いのだろう。「生きることが償い」になるはずもなく、私たちは今日も罪を重ねている。エロゲをプレイする時、ふとそういう感覚に襲われることがある。この3選は、そんな私の意識が反映されたものなのだが、少々考え込み過ぎだろうか。2019年も、しばらくは同じことを考えながら過ごしてみたい。

 

(了)

 

 

人が恵みを受け取る時【『アメイジング・グレイス』プレイ感想<ネタバレ有り>】

この記事は、2018年11月に発売されたゲーム『アメイジング・グレイス』の感想を収めている。タイトルのとおり、ネタバレを含んでおり、かつ、このゲームは少しのネタバレが全てを台無しにしてしまう可能性を孕んでいるため、未プレイの人やプレイ中の人は特に注意して、引き返すか覚悟を決めて読み進めるか決めて欲しい。

 

例によって推敲途中だが、ご容赦願いたい。

 


 

Amazing grace! (how sweet the sound)

That sav'd a wretch like me!

I once was lost, but now am found,

Was blind, but now I see.

 

'Twas grace that taught my heart to fear,

And grace my fears reliev'd;

How precious did that grace appear,

The hour I first believ'd.

 

"Amazing Grace" 引用元:Cowper and Newton Museumホームページ URL:

http://www.cowperandnewtonmuseum.org.uk/amazing-grace/ 最終閲覧2018年12月5日. なお、リンク先の詩の底本はOlney Hymns, 1797, Book 1, Hymn 41.

 

 

英語圏を代表する讃美歌である「Amazing Grace」は、『アメイジング・グレイス』(ゲーム)中でも語られたとおり、18世紀にある牧師が自身の宗教人生上の転機を振り返りながら作詞したものだ。直訳すれば、「大いなる恵み」だろうか。

 

この11月に発売されたエロゲ、『アメイジング・グレイス』は、もちろん、この歌を踏まえて制作されたものだろう。この作品の魅力は、非常に練られたタイムリープもののプロットと、プレイヤーを引き込む独特の世界観だ。とはいえ、そうした世界観やプロットに、中世~近世までの西欧キリスト教社会が育んだ文化が影響を与えていることは間違いない。たとえば、作中でも示されたとおり、「街」の風景はイタリアルネサンスの中心地であったフィレンツェを模している(余談だが、このことは、フィレンツェに行ったことがある人であれば容易に気づくことができる)し、作中でモチーフとして効果的に使われる絵画も、大半はキリスト教関係の宗教画だ。

 

であるならば、この作品を振り返る上で重要なのは、そうしたモチーフや背後に潜むキリスト教文化が、どのように本編や作品の設定に影響を与えたか、である。ここまではいい。

 

問題は、そう口で言うのは簡単だが、実際にキリスト教西洋美術史の視点からものを言うのは相当大変だ、という事実の方である。そもそも、特にキリスト教神学は膨大な研究の蓄積を誇る分野であり、宗教的にも学問的にも素人が手を付けることができないフィールドなのだ。

 

ここでは、そんな無理を承知で、讃美歌「Amazing Grace」を手掛かりに『アメイジング・グレイス』という優れた作品を語ることに挑戦する。大変な困難が待ち受けていることは明らかだが、少々お付き合いいただきたい。

 


 

さて、冒頭で引用した「Amazing Grace」は、ゲーム中に収められたBGMで歌われた部分のみを示している。「Amazing Grace」を歌う、そこまではいい。問題は、この曲を「どこまで」歌うか、それから、「どのバージョンを」歌うか、というところにある。

 

作中でOPとEDを除いてコーラスが付いている曲はこの「Amazing Grace」だけなのだから、当然そこには意味があると深読みされることを、制作側は承知しているだろう。その上で、この「Amazing Grace」という大変よくできた歌詞を紐解いてみたい。

 

先ほど、「どのバージョンで」歌うか、が問題であると述べた。知られた讃美歌であり、かつポップミュージックやゴスペルの世界でも頻繁に持ち出されるこの楽曲は、オリジナル以外に幾つか改変版が存在する。果たして、念頭におかれていたのはどれだろうか。

 

ここで、『アメイジング・グレイス』ユネルートで、なぜ「Amazing Grace」の成立が語られたかを考えてみると、「祈ることの大切さ」という言葉が引っかかる。上述のように、この「Amazing Grace」は、ある牧師の個人的な経験を踏まえて作成されたものである。この事実が作中で語られた、ということは、その経験と、経験に裏打ちされた存在である歌詞が重要である、という解釈に繋がってはこないだろうか。そう考えると、やはりオリジナル版を振り返ってみたくなる――BGMで用いられた1番と2番はどのバージョンでもほぼ共通しているため判別がつかないのだが、ここではそのような理由から、オリジナル版について述べる。

 

作中で翻訳が示されたのは、一番の3行目と4行目である。シンプルな英文であり、何が書かれているかは分かりやすい――直訳は、作中にあるとおりだ。案外「am found」の解釈が難しいのだが、本筋から逸れるのでここでは検討しない。ここから、主人公がユネの祈りへの姿勢へとその思考を羽ばたかせていく。

 

では、手が付けられていない2番はどうであろうか。拙いながら、訳を試みる。

 

恵みこそ私の心に恐れを教えたのであり、

かつ恵みが私の恐れを和らげた。

いかに尊い恵みが姿を現しただろうか、

私が信じ始めたその時に。

 

 

※「Amazing Grace」は知られた楽曲で、邦訳も多数存在する。この訳は筆者が独自に試みたものだが、万一既存の訳と被っていた場合はご指摘くださると幸いです。以下この記事中に示す訳については全て同様。

 

この2番の詩を見ると、「grace」=「恵み」とは、私たちが普段想像するような恵みとは少し違うことに気づかされる。神から施される「恵み」とは、決して楽しいもの嬉しいものばかりではない。推測するに、恐らく、これは作詞者がキリスト教に帰依したきっかけによるところが大きい一節なのだろう。つまり、作詞者は、自身が生命の危機に直面したことそれ自体をも、神からの「恵み」と捉えている。「私が信じ始めたその時」に降りて来た「恵み」は、その前の苦難とワンセットなのである。神は、信仰への道筋を恵んでくださった、と表現してもいいだろう。

 

本来、1番の「Was blind, but now I see.」もこの文脈で理解されるべきである。この文脈にあってこそ、余計に「祈ることが大切」という結論が重要になってくるのだから。ここまで考えて初めて、『アメイジング・グレイス』はかなりしっかりとした解釈の上に成り立っていることが分かる。

 

だが、この記事はここで満足しない。さらに奥へと踏み込んでみたい。

 

上で掲げた疑問のうち、「どのバージョン」ということについては、今までの文章で筆者の見解を述べた。以降では、もう一つの疑問、「どこまで」について考えていく。

 

実のところ、オリジナル版の「Amazing Grace」は、2番までで終わっているわけではない。その続きがある。同じサイトから、以降の引用を試みる。

 

Thro' many dangers, toils and snares,

I have already come;

'Tis grace brought me safe thus far,

And grace will lead me home.

 

The Lord has promis'd good to me,

His word my hope secures;

He will my shield and portion be,

As long as life endures.

 

Yes, when this flesh and heart shall fail,

And mortal life shall cease;

I shall possess, within the vail,

A life of joy and peace.

 

The earth shall soon dissolve like snow;

The sun forbear to shine;

But God, who call'd me here below,

Will be for ever mine.

 

引用前に同じ

 

 

注目したいのは3番と6番だ。まず、6番の1行目を見てみたい。筆者が雑に訳すると、「大地はじきに雪のように崩れ去る」だ。なるほど、『アメイジング・グレイス』におけるアポカリプスの描写は(間接的に)ここから取っていたのかもしれない。間接的に、というのは、賛美歌が聖書の表現の影響を受けているのは当然なので、聖書から引いたにせよ、賛美歌から引いたにせよ、見た目上はどちらからも影響を受けたように見える、ということだ。

 

筆者は当初、アポカリプスではなく地獄の描写を援用したのかと思っていた。現在のキリスト教世界における地獄イメージは、中世(初期ルネサンスフィレンツェで完成したものであり、かつ『アメイジング・グレイス』がフィレンツェを意識していることは、上述のように明らかだったからだ。だが、この見解は改めた。というのも、中世キリスト教世界観を完成させたのは絵画ではなく文学だったからだ。無文字社会を重要な設定としている今作において、いかに「後に」『神曲』などの文学で示された世界観が絵画や彫刻に影響を与えたにせよ、それを直接引くことはしないだろう。

 

さて、肝心の3番に移りたい。冒頭「既に多くの艱難を乗り越えて来た」と始め、次いで、「恵み」が「私(me)」を「safe thus far」まで運んでくれたという。「安全」で(それ故に)「遠い」ところまで運んでくれる「恵み」――『アメイジング・グレイス』に照らし合わせると、なかなか示唆的である。仮に、「恵み」が「街」を、主人公たちを「safe」である「遠く」=12月25日の向こう側へと運んでくれたのだとすれば、次の一節は益々意味有りげなものへと変貌する。「やがて恵みは、私を『家』まで連れていってくれるだろう」。この「home」が何を指すか、難しいところだ。歌詞全体の流れを踏まえると、「信仰」というあるべき場(姿)への回帰、或いは神の下(=死後の王国)と言ってみたくなる。聖書では、そのような使われ方は少ない。そもそも、多数ある英語訳のどのバージョンで「home」が使われていたか、そしてその「home」はギリシャ語やヘブライ語のどの言葉の翻訳なのか、検討しなくてはならない。ここでは紙面の都合そのようなプロセスを無視しておく。一言指摘すると、旧約聖書中「コレヘトの言葉」で使われる「home」は、おそらく死後の世界のことを指しているが、それ以外についてはなんとも言えない。

 

とにかく、「home」という語については議論の余地がある。肝心なのは、『アメイジング・グレイス』においては、「home」が本当に家族或いは家を指しているかもしれない、ということだ。「街」にいた子は皆、親から離れて生活していた。それを踏まえた上で、アフターのあるキャラ4人のうち半分で帰省の描写があった、という事実を振り返ってみると、もしかしたらこの辺りが効いているエピソードだったのかもしれない、という気もしてくる。

 

とはいえ、そもそも「safe thus far」が『アメイジング・グレイス』の中でどのように扱われたかも定かではない。上では、あたかも当然のように「12月25日以降の世界」とした。これは、実はぼかした表現だ。アフターを見れば分かるとおり、実はどのキャラとの人生を選択しても、12月25日の向こう側を「safe」に迎えることができる。もちろん、これこそが「grace」であると捉えることも十分に可能だ。いや、むしろ、「これも『恵み』の形だよね」とでも言った方がいいかもしれない。

 

こういう表現をすると気づく人も多いだろう。アフター4ルートのうち、明らかに2ルートは、ハッピー全開な世界に進んでいない。キリエやコトハと共に歩む世界は、幾ばくかの悔恨を残した。この溢れるノーマルエンド感が、果たして制作側の意図したものだったか、という問題が残る。

 

その答えが、雑にまとめた「Thor' many dangers, toils and snares」にあるかもしれない。「danger」はシンプルに「危険」、「toils」は難しいところだが「労苦」としておこう。では、「snares」はなんと訳すべきか。現在の日本におけるスタンダードな聖書訳である新共同訳を参照すると、「罠」「網」といった語で示されている。つまり、この一節では、「多くの罠を乗り越えて」「安全な遠くまで来た」と言っているのだ。「罠」……深読みしたくなる単語だ。そう思うと、「far」というのは、物語構造の一番奥、そこを指しているのかもしれない、という思考にも辿り着く。すなわち、あらゆるトラップを抜け、犯人を突き止め、崩壊を本当に止めたその先。そここそが「far」なのではなかろうか。だからこそ、サクヤとユネはハッピーエンドなのだ。

 

とはいえ、この物語をやって、サクヤよりユネが印象に残った、という人を探すのは難しいかもしれない。その意味で言えば、ユネとサクヤも決してイーブンではなかった。サクヤはメインシナリオ中で相当目立つ告白シーンをもらったのに対し、ユネは本当に結末も結末という部分まで待たねばならない。そう考えると、むしろ逆に、見せ場の分かりやすいサクヤよりも、ユネの方がやはりこの物語の本筋なのだろう、という結論に落ち着く。思えば、ユネルートに進むのは大変だ。他のヒロインとのルートは、「このヒロインとのルートに進む」という前向きな選択で進入できるのに対し、ユネルートは、常に否定的な選択肢を選び続けなければならない。「運命を受け入れない」「キスをしない」などなど。そうした選択肢一つ一つが「罠」だというのならば、極めて婉曲的な描き方ではあるが、ユネこそがセンターヒロインだと言えるだろう。手の込んだ作品だ。

 


 

最後に、「罠」の他に「危険」「労苦」も含めて、「艱難を乗り越え」という語から連想した話をして、この感想を〆たい。

 

こう思ったことはないだろうか。なぜ神は、信じる者たちをいじめるような行為に手を染めるのか。もちろん、作中バベルの塔の逸話で若干触れられたとおり、神はそもそも、自分で選んだノアの子孫にブチギレるというよく分からない性質を持っている。とはいえ、あれは神に対し不敬だったからで、自らを信じる者たちに対して、となると、少し話が違う。

 

冒頭、「Amazing Grace」は、「恵み」を単なるハッピー全開お気楽なものとは捉えていない、という話をした。あれもあれで、信仰の端緒というものが鍵となっているので直接的に用いることはできない。とはいえ、参考にはなるだろう。

 

聖書の中で最も知られた一節に、次のようなものがある。

 

あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるようなことはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

 

コリントの信徒への手紙 一 10.13 訳は新共同訳.

 

 

乗り越えられる試練しか与えない。この、極めて前向きな解釈こそ、「恵み」を理解する鍵ではなかろうか。

 

ここの「試練」という言葉は、英語では「Temptation」となっている。日本語に直すなら「誘惑」だ(ギリシャ語と英語の対訳をいろいろと参照したが、「trial」の意味合いもあるようなので、「試練」でも正しい)。多くの他の結末、妥協という「誘惑」を乗り越えた主人公には、きっとこの言葉も真に迫ったものとして聞こえるだろう。

 

そういえば、主人公は決して、神の奇跡だけに頼らなかった。主人公が街だけでなくユネをも救うことができたのは、ひとえに主人公が機転を利かせ、最後の最後で赤リンゴと青リンゴのギミックを使い切ったからだ。神は、黄金のリンゴは、主人公たちを選んだのではない。曰く、神は乗り越えられる試練しか与えない。ならば、最初から「逃れる道」=正解が用意されていたとしてもおかしくはない。主人公が最後の最後に正解を選んだのだ。

 

神が真に祝福したのは、ユネの真摯な祈りではなく、その祈りを胸に決して誘惑に屈さなかった主人公ではなかっただろうか。そう思うと、消極的な選択をし続けなければならないユネルートが真の解決編である、という先に述べた結論が、いよいよ私たちの前に迫ってくる。メリークリスマス、シュウ。ハッピーバースデイ、ユネ。曰く「神の視点」たるプレイヤーからも、せめて精一杯の祝福を。

 

(了)

 

 

困ったらウィルちゃんを選べばいいと思う <『あいりすミスティリア!R』雑談With初心者指南>

※2019年1月2日追記あり

 

ちょっと前から、DMMでブラウザゲームの『あいりすミスティリア!』(18禁版は『〜R』、以下『あいミス』)をプレイしている。元々長期メンテナンスに伴うプレイ停止措置が取られていたのだが、最近ようやくリニューアルオープンしたので、それに合わせて登録してみた次第だ。だから、リニューアル前がどういう状況だったかは詳しく知らない。とにかく、今は私もプレイしている。

 

システムやUIについては、色々と思うところがないわけではない。ただ、非常に有名なアダルトゲームブランドであるオーガストが関わっているというのと、キャラがかわいい・シナリオがちゃんと読ませてくれる、というのがあって、プレイし続けることができている。ああ、あと音楽もいい。

 

ネットサーフィンをしても、ろくに情報が出てこない謎のゲームである『あいミス』(死期が近いとか言わない)。まあ結構遊ばせてもらっているので、この辺りで一本初心者〜中級者向け指南っぽいのを書いてみてもいいのかなあ、なんて思ったりしたのが、この記事が生まれた直接のきっかけである。

 


 

0 序論としての『あいミス』の現状

 

さて、このゲームは現在、難易度調整が大変なことになっている。最近のイベントはレベルが低いプレイヤーでもきちんと回せるようになっているし、なんなら運営から、後日メインシナリオの低難易度版を実装する、という予告も来ている。しかし、実際のところ、一部の高難易度クエストやメインシナリオの一部は、初心者の心を折りかねない難しさになってしまっている。特にメインシナリオ5章終盤はとてつもない。

 

これには、理由というか背景がある。前述のとおり、『あいミス』は長期メンテナンスを経験したゲームだ。これはつまり、リニューアル前にプレイしていたユーザーが存在する、ということだ。リニューアル直後の『あいミス』には、その段階で初めてゲームに触るプレイヤーと、リニューアル前から数々の修羅場をくぐり抜けた猛者が混在していた。運営は、一方では今から始める初心者のためのクエストを用意しつつ、もう一方では猛者のためのあれこれを準備しなければならなかったのだ。

 

こうした事情の末に生まれたと推測されるのが、リニューアルと同時に実装されたメインシナリオ5章後半である。初心者お断りにも程がある、猛者でもキャラや聖装(『あいミス』におけるカード)の偏り具合によっては苦戦を強いられる難易度のクエストが、私たちの前に姿を現したのだった。

 

運営の誤算は、想像より早く、新規プレイヤーが5章に到達してしまったことだろう。運営は、そうならないように、ちゃんと2章や3章にも壁を用意してあった。しかし、それらはだいたい、高レアに有利属性を混ぜたパーティで殴ればなんとかなってしまう。リニューアル記念事前ガチャのおかげで全プレイヤーがSSRを確保していた状況にあっては、壁になりきれないところがあったのだろう。そんな雑なプレイでメインシナリオを進めた新規層に立ちはだかったのが、5章ボスだった。実際のところ、リニューアル後の『あいミス』の仕様的に、低レアのRでもいいからボスに対して有利な属性でパーティを染めれば解決するのだが、聖装の種類が少ない新規プレイヤーにそれを言っても仕方がない。

 

この5章ボスを筆頭格に、現状『あいミス』には高難易度クエストがじゃかじゃか溢れている。メインシナリオ以外の高難易度クエストはクリアする必要性が薄いので、新規層が気に病む必要は全くない。とはいえ、本格的にプレイしようかなあ、と考え始めた時に、これら立ちはだかる壁のせいで気力が失われてしまう可能性があるのも事実だ。困った時、結局誰がプレイ中のストレス軽減に寄与してくれるのか、どこにも情報がない。これは、情報を仕入れた状態でプレイするのが当たり前の今日のゲームの世界においては、相当にしんどいことだ。

 

ここでようやく、この記事の本題に入る。この記事では、困ったら高レアウィルちゃん、ということを強く主張する。皆さんも是非唱えてみて欲しい。「困ったらウィルちゃん」。

 


 

Ⅰ ウィルちゃんと出会う(高レアの入手方法について)

 

まず、高レアウィルちゃんの入手方法について列挙しておきたい。

 

① ガチャ

 

以上である。

 

ぶっちゃけると、現状ガチャを回す以外に手段がない。ただ、SRは割と出る。それから、このゲームは事実上1ヶ月天井が存在する(およそ6万円、蒼片というアイテムで判別可能)ので、そこで引き換えるという手段も覚えておいて欲しい。また、特に新規プレイヤーは、プレイ開始直後は山のように無償石が手に入るので、それを使って10連を回すのも手だ。というか、初心者は回さないと属性に偏りが出て確実に詰むので、ウィルちゃん云々に限らず、全属性のSRが出るまでは溜め込まず回した方がよい

 

これとは別に、各キャラの誕生日が回ってくるたびに、3000円でキャラガチャが引ける。これでキャラSSRを外したという話を聞いたことがないので、まあ当たるという認識でよいと思う。問題は、ウィルちゃんの誕生日が7月で、当分当番が回ってこないことだ(それまで死ぬなよ運営)。また、ウィルちゃんはリニューアル前含めて一度もイベントのメインを張ったことがないので、その点今後のイベントでの入手には期待できるが、イベントでは新規聖装が実装されるため、恒常SR・SSRの確率アップには期待できない。

 

※2019年1月2日追記

 

この記事が書かれた2018年11月中旬から年末にかけての短い期間に、なんとウィルちゃんの限定SSRが登場した。限定SSRは、『あいミス』においてはまだ使いにくいスキルやアビリティを持っているので、基本的には恒常SSRだけを気にしていればOK。ウィルちゃんに染まってしまい、どうしても限定SSRが欲しくなってしまった同志には、2019年始から実装された「プラチナ聖装券」を紹介しておく。有償ながら、希望する聖装一つと自由に交換できる代物だ。この「プラチナ聖装券」は購入できるタイミングが限られているので、目にしたら必ずチェックしておきたい。ちなみに筆者はイベント時に限定ウィルちゃんを引くことができず血の涙を流したが、この「プラチナ聖装券」で救済された。

 

ちなみに、『あいミス』ではキャラごとに持っている聖装の種類分ステータスにボーナスがつくので、個別シナリオが増えるという他に、ゲーム攻略の面でも限定SSRは持っているだけでアドバンテージがある。

 

そういうわけで、ここでは初心者がちょっとの課金と大量の無償石をつぎ込んで、天井に達してしまった、という想定のもと、引き換えにはウィルちゃんSSRを、というのを強力に推していく。SRウィルちゃんに関しては、下で項目を改めて書きたい。

 


 

Ⅱ ウィルちゃんと触れ合う(基本性能とSSRについて)

 

ウィルちゃんをここまで真剣に推す理由は、当然ながら山のようにある。ここでは、そのうち幾つかについて、少し詳しく書いていく。

 

 

①ウィルちゃんがかわいい

 

ウィルちゃんがかわいい。これは爆アドである。

 

馬鹿にする人がいるかもしれないが、この手の周回前提のブラウザゲームにおいて、キャラがかわいいというのは最強の継続理由だ。というわけで、頭に叩き込んでおいて欲しい。「ウィルちゃんはかわいい」。

 

 

②ありがたい補助型

 

ウィルちゃんは後衛からの補助に秀でたキャラだ。基礎ステータスは(信じられないほど)幸運に尖った形状をしている。幸運は、弱体やスキル補助効果の発生率に影響するほか、クリティカル・被クリティカル率にも繋がった、非常に重要なステータスだ。ちなみに特化SSRウィルちゃんの幸運ステータスは1000を超える

 

幸運が高いというのは、弱体させやすくクリティカルを発生させやすい、ということと同じだ。ウィルちゃんは確かに攻撃性能が低いものの、クリティカルがそれなりに出るので、見た目ほど与ダメージは小さくない。補助特化のはずなのに、だ。

 

どのような補助が可能なのか、は、項目を改めたい。とにかくここでは、ウィルちゃんは後衛からクリティカル撃ったり補助したり、という仕事をこなす美少女だ、ということを分かって欲しい。

 

 

③ウィルちゃんがかわいい

 

なんで人気投票であんなに順位が低かったのかさっぱり分からないくらい、ウィルちゃんはかわいい。なんでも、リニューアル前はコミュ開放の条件である学園を周回するのが相当しんどかったらしく、そのせいで大多数のプレイヤーがウィルちゃんといちゃつけずに終わってしまったかららしい。なんとももったいない話である。

 

ウィルちゃんはツンデレの最新形と言ってよいと思う。ツンデレという言葉が発生した当初は、ツンの割合が高かった上、暴力ヒロイン属性が付与されていることも多かった。最近は、デレ7割上等だ。その意味でいえば、ウィルちゃんは確かに、今日のツンデレそのものなのだ。

 

否、ツンデレという型に嵌め込むのはよくないだろう。ウィルちゃんはウィルちゃんであるが故にかわいいのであって、部分に分解していくことにあまり意味はない。そう、ウィルちゃんがかわいい、これで私たちには十分なのだ。

 

 

④仕上がりが早い(初心者向けの理由)

 

このゲームは、キャラ一人につき育成要素が幾つあるのか最初のうちは極めて分かりにくい。徐々に掴んでいってくれればいいと思う。とにかく、初心者がすべきことは、メインシナリオを周回してのN聖装回収だ。

 

N聖装回収のメリットは2つある。一つは、一部重要ポテンシャルの開放条件を満たすことができる、というものだ。ただし、ポテンシャル育成による能力上昇幅は初心者には心もとないところがあるので、これは余裕があったら、程度に考えてもらってもいい。

 

N聖装回収最大のメリットは、N聖装にセットでついてくるアビリティのレベル上げに使える、というところにある。このアビリティによる上昇幅は半端ではない。これを育てないまま詰んだと言われても苦笑いするしかない、と表現してもいいほどだ。

 

ウィルちゃんの2種類あるNは、なんと2章後半でどちらもドロップする。具体的には、

・私服ウィルちゃん: 2-8

・制服ウィルちゃん: 2-9

である。

新規プレイヤーにとって最初の壁である3章ボス前に大幅な育成が可能というのは、なんとも心強いではないか。なんなら2章ボス前でも一つ目のアビリティはMAX強化可能である。この辺りが、なぜ初心者にSSRシャロンではなくSSRウィルちゃんを推すかという理由でもある(SSRシャロンは非常に強力だが、他のパーティメンバーが揃ってからの方が強さを実感しやすいのと、仕上がりが非常に遅いのが難点)。

 

しかも、ウィルちゃんのNアビリティのうち制服の方は後々絶対に腐らない敏捷アップなのだ。本質的にサポート役であるウィルちゃんに、見事にマッチしたアビリティだ。これを鍛えて、敵をガンガン弱体化させて欲しい。

 

 

⑤ウィルちゃんがかわいい

 

ウィルちゃんのかわいさを堪能するために何をすればよいか。ひとえに学園を回り続けるに尽きる。というのも、ウィルちゃんは未だメインシナリオで美味しい立ち回りをしたことがなく、かつイベントで主役を張ったこともない(※2018年11月上旬時点での情報。実際にはその後学園祭イベントで主役を張っている)ので、学園以外でウィルちゃんと触れ合う機会は存在しないのだ。

 

好感度を上げて親愛の記憶を読むというのも大事だ。実際のところ、親愛度上げもギフトを使わず学園に頼った方がよいので、結局学園周回が大事になる。『あいミスR』では、親愛度を上げることで発生するHシーンが、現状各キャラ2つある。ほんのり甘い初夜にウィルちゃんが上げる嬌声は、まさしくこの世にもたらされた福音だ。

 

忘れてはならないのは、全年齢版『あいミス』ではHシーンの代わりに別エピソードが収録されている点だ。こちらも是非堪能して欲しい。

 

 

SSRスキルとアビリティが超強力

 

当然といえば当然なのだが、SSR聖装は信じられないくらい強い。他キャラだとデメリットを含ませる代わりにメリットもガン積みする、といった構成を取ることも多いのだが、ウィルちゃんはストレートに強い。

 

まずはスキル。一つ目は、いわゆる「いてつくはどう」だ。ただし、味方側の補助効果も消える。相手がバフ盛り盛りの時に非常に強力だ。というより、この手の効果の技はあらゆるRPGにおいて腐らない、極めて有力なスキルである。

 

だが、それが霞むくらいの凄みを持つのが二つ目のスキルだ。こちらは前衛範囲魔法攻撃に睡眠付与が付いている。

 

そもそも、このゲームにおいて範囲攻撃は相当強力だ。カタい雑魚がわんさか出てくるというのがその理由として挙げられる。その上、睡眠付与のおまけ付きだ。睡眠は『あいミス』最強の状態異常だ(これ以外の状態異常は原則気にしなくてよい)。睡眠状態時は全攻撃必中になってしまう。これは回避がどれだけ上昇していても、飛行状態であっても、である。その上、解除判定が厳しい。魅了のように、攻撃・被ダメどちらか一回で解消されない。下手すると、タコ殴りされているにも関わらず起きない。

 

さらにこのスキルを強力にしているのは、この技が魔法判定である点だ。回避上昇や飛行は、原則物理技にのみ適用される。つまり、魔法攻撃は非常にヒットしやすい。これがウィルちゃんの圧倒的幸運ステータスとあわさるとどうなるか、おおよそ想像がつくだろう。SSRウィルちゃんの本体とも言うべき圧巻のスキルである。

 

SSRはアビリティも強烈だ。レベル1でもかなりの効果を期待できる。一つ目は、ウェーブ開始時に自身にガード付与するというもの。この効果量がそれなりに大きく、相手の遠距離攻撃はほぼ確実に一度カットできる。また、『あいミス』では、物理と異なり魔力ステータスは攻守一体のものとなっている。ウィルちゃんは魔法キャラで魔力ステータスが低くないので、相手の攻撃が魔法の場合、下手すると5回くらい被ダメ0になることもある。さらに心強いのは、これがウェーブごとに貼り変わる点。ウェーブ1で痛い目に遭っても、安心してウェーブ2に挑戦できる。デバッファーとして、補助要員として、ウィルちゃんは生き残れば生き残るほど輝く。このアビリティが戦況を好転させてくれる機会もさぞかし多くなるだろう。

 

もう一つのアビリティは、単体攻撃スキル時に確率で追加攻撃を行うというもの。他のアビリティが優秀過ぎるためなかなか出番が回ってこないが、こちらも非常に優秀であることには変わりない。

 

とにかく、SSRウィルちゃんはこれでもかというほどあらゆるものがてんこ盛りになった性能なのだ。

 

※2019年1月2日追記

 

限定SSRのスキルとアビリティについても一応触れておく。限定SSRのスキルは、蘇生with繚乱と氷撃魔法攻撃、アビリティは通常攻撃魔法(氷撃)化と通常攻撃時氷撃弱点付与with敏捷アップ(確率)である。ウィルちゃんにしては攻撃的なスキル/アビリティが揃っている。

 

蘇生スキルは蘇生対象の味方キャラに繚乱(全ステータスアップ)を付与する、他蘇生スキルや繚乱スキルに比べると非常に強力なものだが、そもそもこのゲームにおいて蘇生があまり強くない(基本的に、キャラが倒れるような状況はそもそも不利著しい場面であることが多いため)ことと、オートで流す際にお留守番になりがちという2点から、優先度は低い。氷撃攻撃スキルは攻撃対象が睡眠状態の場合確率で即死、というこちらも強力かつウィルちゃんの基本的なスキル/アビリティと相性がいい効果になっている。しかし、ウィルちゃんは他のスキルが優秀過ぎるため、3つの枠の中に入りきらないことが多い。プレイヤー泣かせのスキルだと言える。

 

通常攻撃魔法(氷撃)化はもう一つの氷撃弱点付与アビリティと併せると◎。使う場合は併用が前提になるだろう。単独で運用する場面としては、相手の回避が極端に高く、通常攻撃が物理だとそもそも攻撃が当たらない(よって睡眠にもならない)といったような状況が想定される。この場合、魔法攻撃である恩恵は大きい。ただし、回避ステータスが高い相手の場合でも、専ら魔法より罠持ち(つまりティセ)が優先される。氷撃弱点付与はユニット編成によっては単独で採用可能。ただし、現状魔法攻撃の属性(炎・氷・光・闇など)に関して判明している情報が少ないこと、氷撃魔法を撃てるキャラがあまりおらず、かつそのキャラ(セシル様など)は氷撃属性以外の魔法を主力にした方が強いこと、この2点を考慮する必要あり。

 


 

Ⅲ ウィルちゃんとまぐわる(SRについて)

 

SR以下のウィルちゃん聖装も忘れてはいけない。特に、SRウィルちゃんは属性の違いから場合によってはSSRを抜いてでもパーティに編成することがある。それ以外にも、以下の点に注目したい。

 

①ウィルちゃんがかわいい

 

このゲームにおけるコミュの数は、所持している聖装の種類に依存している。従って、SSRだけを持っていても、ウィルちゃんといちゃつき倒すことはできないのだ。果たして我々はウィルちゃんを真に味わい尽くすことができるのか、という疑問はさておき、今触れ合える分だけでも堪能しきっていないというのはなんとも口惜しい限りだ。是非、ウィルちゃんとのコミュニケーションの中で「ウィルちゃんかわいい……」と呟いてみて欲しい。

 

 

②SR萌技が全体回復

 

これは極めて重要。ウィルちゃんは貴重な全体回復役でもあるのだ。まさに最高峰のサポート役と言うべきだろう。難点は、後衛でありかつサポート用のスキルが多いために、ゲージが溜まりにくいこと。全体回復の回転率的にはクルチャに軍配が上がる。

 

 

ウィルちゃんがかわいい

 

好感度を一定以上にすると、名簿画面でウィルちゃんが頬を染めてくれる。ここまで辿り着いた紳士であれば、それだけでトリップしてしまうだろう。私たちは、ウィルちゃんの歌声に気が狂うことこそなかったが、もっと大事な何かを盗み取られてしまったのかもしれない。

 

 

④SRのスキルが強力デバフ

 

SRウィルちゃんのスキルもこれまた大変にえげつない。2種類あるスキルはどちらもデバフだ。一方は攻撃、一方は魔力。

 

このデバフスキルがとんでもないのは、一つには双方のスキルがどちらも前衛範囲である点だ。範囲デバフはこのゲームでは非常に希少価値が高い。もう一点は、範囲デバフでありながら、信じられないくらい効果量が大きいというところにある。そもそも、このゲームのバフ/デバフは数量ではなく割合で計算される。なので、相手が強力であればあるほど、デバフの価値が高まっていくのだ。SRウィルちゃんのデバフは、範囲なのに設定された割合が非常に大きい。ウィルちゃんが究極のサポーターとみなされる理由の一つが、このSRスキルにある。

 

 

ウィルちゃんがかわいい

 

聖装ストーリーを、君はもう見ただろうか?

 

聖装ストーリーは、メニューの回想から親愛の記憶を選択し、聖装タブを選ぶと確認することができる。聖装ストーリーを開放するためには、聖装を手に入れるだけではなく、一定数のギフトを使用する必要がある。好感度上昇にギフトを使わない方がいい理由は、好感度は学園でいくらでも上げられるのに対し、聖装ストーリーはギフトでしか開放できないからだ。

 

Hシーンがあるのは、SR+またはSSRのみなので、現状ウィルちゃんには一つしか聖装Hがない(※2018年11月上旬現在の情報。現在は限定SSRの登場により2つ)。とはいえ、それ以外のエピソードも必見だ。なかなか素直になれない乙女の複雑な心情、その末端に触れる時、私たちは悶絶という言葉の真の意味を知るのである。

 

※2019年1月2日追記

 

2018年末のメンテ以降、聖装ストーリーを開放すると、「該当する聖装」のステータスが上昇するようになった。キャラ全体が強化されるわけではないので注意が必要だが、それでも、攻略メイン組に聖装ストーリーを開放するメリットができたので、SSRとSRだけでもギフトをあげて開いておくことをオススメする。

 

 

⑥SR聖装とセットのアビリティが強い

 

実際のところ、確かにSRウィルちゃんも一線級の実力を持っているのだが、さらに重要なのは、SR聖装が持っているアビリティ。これこそがウィルちゃんの本体だと言う人もいるだろう。

 

そのアビリティの正体は、通常攻撃睡眠付与。字面はおそろしく平凡だ。

 

だが、考えてみて欲しい。このアビリティを手にしているのは、SRですら育てれば幸運ステが700を超えるウィルちゃんである。そう、何が起こるかというと、ウィルちゃんが攻撃する度に超高確率で敵がおねんねするのだ。

 

SSRウィルちゃんの弱点の一つに、スキルの使用間隔が大きいというものがある。あまりにも強力なので仕方ないのだが、如何せん迫力に欠けるというのは痛いところだ。

 

そこで、このSRアビリティの出番になる。このアビリティがあると、開幕直後などスキルが使えるタイミングでは強力デバフや全体攻撃with睡眠などを放つことができる一方、長いスキルとスキルの間では、相手単体に対し超高確率で睡眠を付与しつつ、高い幸運値を活かしてクリティカルを繰り出せる。まさしく「隙」のない攻撃行動が可能になるのだ。尖ったステータスを活かしきった、ウィルちゃんの真骨頂と言えるだろう。

 

 


 

Ⅳ ウィルちゃんを極める(追加育成要素などについて)

 

ここまで来れば、そろそろウィルちゃんと共に『あいミス』を遊び倒していることだろう。とはいえ、このゲームはチュートリアルが分かりにくいので、中級者以上になっても分からないことが多い。もう少しだけ書き連ねておきたい。

 

ウィルちゃんがかわいい

 

このゲームは地味に小ネタが豊富で、案外気付かないところにもいろいろと忍び込ませてある。

 

たとえば、ホーム画面での挙動。ここまで来た冥王であれば、当然名簿からウィルちゃんをお気に入りに設定していると思うが、実のところ放置ボイスが実装されている。キャラの絵が動くことがあまりないので、他のゲームに比べて気付きにくくなっている。これを聞かないというのは勿体ない話だ。

 

また、学園でも、他のキャラとの組み合わせで特殊なコミュを見ることができる。学園のキャラ選択で、予めウィルちゃんをセットしておくと、他キャラにビックリマークがついているのが分かると思う。ついているキャラが、未見の複合コミュの相手なので、これもコンプしたい。

 

 

②ポテンシャル・萌具について

 

このゲームは基本的に聖装を集めるゲームであり、大抵のことは聖装の数で解決可能だ。因みに、聖装で強化可能なのは、

・聖装自体のレベル上限

・萌技(SR以上のみ)

・アビリティ

の3つ。原則アビリティの強化を優先し、萌技とレベル上限は相談、といったところだ。

 

とはいえ、それだけではガチャで全て事足りてしまう。それ以外の育成要素もちゃんと存在するのだ。尤も、事実上のエンドコンテンツなのだが……。

 

それが、ポテンシャルと萌具になる。ポテンシャルについては、上で若干触れた。アビリティは装備しないとキャラが強化されず、かつ一度に装備できる数が3つまでと決められている。対して、ポテンシャルは、キャラ全体について恒常的に強化が及ぶ。ただし、効果量があまり大きくないのと、一部ポテンシャルの開放条件が極めて厳しいので、初心者のうちはこちらを触らずともよい。

 

中級者以上でポテンシャルを触りたい場合は、原則

・幸運

・敏捷

を優先したい。幸運は、開放条件が特に定まっていないので、学園を周回していれば自然と強化できるはずだ。ウィルちゃんの肝(人魚だけに)であるので、是非とも取得したい。敏捷は、N聖装のレベル上限開放とレベル強化が条件だ。N聖装はガチャに頼らない形で入手可能なので、これも優先したい。なお、開放条件がないポテンシャルのうち、最大HPアップもよく取得されるが、ウィルちゃんは後衛で被ダメ機会が少なく、またSSRアビリティにガードがあるので、優先順位はそこまで高くない。

 

その他のポテンシャルは、特に状態異常耐性と獲得経験値アップについては気にせずともよいと思う。ただ、

・魔力

はRの上限開放と強化が条件で、現状他にR聖装の用途がないので、重なったら取得してもよいと思う。

 

もう一つの強化コンテンツは萌具だ。まず、R萌具がどこで手に入るのかすら知らない人もいると思うので、一応紹介。メニューからショップに入り、冥界銭ショップを選択すると、萌具を購入することができる。冥界銭の用途は、現状萌具強化と学園施設強化だが、この二者では後者の方が優先度が遥かに高い。萌具がエンドコンテンツ化している理由の一つがここにある。

 

だが、萌具が怖ろしい真の理由はそこではない。萌具に限っては、おそらく未だSSR萌具に辿り着いた人ですらかなり稀だろう。強化などもってのほかだ。

 

原因は、萌具の強化方法とSSR萌具の入手方法にある。まず、萌具の強化について。こちらは曜日クエストなどで手に入る専用素材と冥界銭を使うのだが、なんと全レア共通でレベルが上がる度に強化成功確率が低下する。しかも、物凄い勢いで下がる。なので、各レアともに強化終盤になると、成功確率を上げるアイテムを使っても焼け石に水状態になる。まずR萌具でこの修羅をくぐり抜けなければならない。Rがレベル15になるとSRが手に入るので、今度はそちらで同じことを繰り返す。そうしてSRがレベル15になったら…… というのが落とし穴。

 

SRを強化して手に入るのは聖片というアイテム。なんと、SSR萌具はこれを20個集めないと交換できないのである。超カッコいいイラストなので手に入れたいと強く思う一方、このコンテンツだけはお金だけで解決することが難しい(強化確率上昇アイテムを買うことはできるが……)。 イベントで入手もできるが、イベントで入手できるくらいにはもうパーティが相当育っているだろう(高難易度クエスト報酬や相当の周回数に対するボーナスのため)。こればかりは愛の力が必要だ。

 

ちなみに、萌具の効果は与ダメ上昇。ステータス変化ではなくダメージ量変動なので、SRクラスの萌具を強化すれば相当効果を実感できるはずだ。まずはSR目指して頑張って欲しい。

 


 

長々とウィルちゃんがいかにかわいいか、もとい、ウィルちゃんがいかに強いかについて語ってきた。とにかくこの言葉を刻んでおけばよいのである。「困ったらウィルちゃん」。実際、それで大抵のことはなんとかなる。

 

肝心なことは、私たちは語り得ぬものには沈黙するしかない、という事実だ。私たちは、このようにウィルちゃんを解体することはできる。しかし、それはウィルちゃんを語っていることと同値ではない。結局、私たちはウィルちゃんを前にして、嘆息することしかできないのである。それが彼女の力によるものだというのなら、ウィルちゃんはなんとも恐ろしい、まさしく「魔」性の女である。この記事は、ウィルちゃんの良さを広めるためのものであって、ウィルちゃんのかわいさそのものではない。本物のウィルちゃんに触れること、それが何より大事なのだと主張して、この文章を締めくくりたい。あなたにウィルちゃんの祝福があらんことを。

 

 

まどそふとはどこから来たのか、まどそふとは何者か、まどそふとはどこへ行くのか【『ラズベリーキューブ』プレイ感想<ネタバレなし>】

なるほど、確かに「昨日までの分は帳消し」なのだ。主人公にとっても、ヒロインにとっても。

 

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作品概要

・キャット―さが光るポップなイメージそのままの王道学園ラブコメ

・実験的な要素も若干含んだ、まどそふとの今後を占う一本

 

ここがオススメ!

・映像、音楽共に最高峰の仕上がりを見せるOP

・ポップさを随所に追求したデザインと色遣い

・ヒロインとのだだ甘な生活

 

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前作『ワガママハイスペック』の評判のおかげだろうか、まどそふとの最新作『ラズベリーキューブ』はかなりの注目を集めたようだ。そもそも、メーカーやブランドにとってみれば注目を集められたことそれ自体が成功なのだが、実際のところ、プレイヤーにとってはそうでもない。プレイヤーの関心事は、ひとえにそれが自分の求めていた作品だったか、の一点に尽きる。

 

注目作というのは、良くも悪くも尖った感想が溢れかえりがちだ。『ラズベリーキューブ』もご多分に漏れずその一例で、下の方を見ればキリがないほど酷評が並んでいる。とはいえ、そうした感想の大半はどこかピントがずれている――これは仕方の無いことで、人間はどうしても、事前に予想していたもの、期待していたものとの比較でものを評価をしてしまう側面があるからだ。最初に印象ありき、という形で感想を書き始めると、あとはどうしてもその印象の理由探しに終始してしまう。繰り返すが、これはどうしようもないところがある。

 

というわけで、ここでは筆者もまた、そのような個人の印象に引っ張られた感想に終始してみようと思う。『ラズベリーキューブ』は、少なくともそこまで悪く言われる筋合いはない、むしろ好意的に捉えられるゲームだ、という、極めていい方向の印象を前提とした感想に。

 

 

この作品をプレイする前に、前作『ワガママハイスペック』をさらりとプレイし、さらにまどそふとのこれまでの作品のホームページをチェックしてみて欲しい。その上で、『ラズベリーキューブ』のホームページを覗いてみると、ある違いに気が付くことができる。『ワガママハイスペック』までは、明示的で分かりやすい柱が一本通っていたのに対し、『ラズベリーキューブ』には、それがなかなか見当たらない。どういうことかというと、たとえば「ワガママ」にせよ「ナマイキ」にせよ、前作まではヒロインの属性を一つ固めて、その属性に対して多角的なアプローチを取っている。これに比べ、『ラズベリーキューブ』は、そうしたものがない。『ラズベリーキューブ』のコンセプトとして書かれているのは、「鬱展開を排除」だとか「王道であり定番のテーマ」だとか、そうした文言に留まる。それらは、作品づくりの上ではコンセプトとして扱えるものの、ユーザーに対してアピールする「コンセプト」としては、ややパンチが弱い。そもそも、ホームページで書かれていることは、そのほとんどがまどそふとのこれまでの作品にも言えることだ。

 

逆にいうと、『ラズベリーキューブ』はまどそふと的なものの再生産に挑戦した作品だということだ。まどそふとが初めて世にアダルトゲームを問うたのが2013年。それからほぼ1年周期でなんらかの作品を出してきた。ファンディスクを含めればこれまでに積み上げてきたゲームの数は4本。少しずつ、「まどそふと的な何か」というイメージが、ブランド内にもユーザー間にも構築されてきたタイミングなのではなかろうか。

 

そう考えると、『ラズベリーキューブ』は確かにまどそふと的だ。頭身が低く、頭と目が大きいキュートな絵柄。明度が高い色彩。キャラの外見だけでなく、タイトルロゴの意匠などにもそうした意識は如実に現れている。まさにポップそのもののようなゲームデザインだ。

 

これが最も押し出されていたのが、おそらく2018年のベストであろうOPだ。全体を通して眩しさが伝わってくるムービーは、垂れ流しにしているだけで部屋まで明るくしてくれそうだ。『ラズベリーキューブ』というタイトルの見せ方一つとってもポップな感覚を一切捨てていない。これに、ドラムやベースといったリズムパートの楽器がガンガン曲を押し進めていく音楽が加わる。サウンドにまでこだわりが及んだこの楽曲は、一度耳にすれば確実にフレーズを覚えてしまうような、暴力的とすら言えるメロディラインすら備えている。まさにキャッチ―な仕上がりになったと言えるだろう。

 

こんな明るさ満点のOPを見せられては、自然とシナリオにも光が満ち溢れているのだろうと、プレイヤーの中で想像が膨らんでいくものだ。実際、シナリオには緩急こそあれど、決定的に全てが暗転する瞬間はない。むしろ、主人公やヒロインが難局にある時すら、これは確実にハッピーエンドになる、という確信を覚えてしまう。実際、全てハッピーエンドであることは強調に値する。

 

シナリオの山(いや、谷)の作り方について、「不良に頼り過ぎ」との意見がネット上ではちらほら見られるが、これは流石に先入観に支配され過ぎというべきで、実際には「不良」という言葉でまとめるのは難しいサブキャラクターが多い。こうした発言をする人たちの発言をよくよく覗いてみると、実際には「雑なシリアス」とでも表現すべきだろうか、とにかく一部のシリアス展開を忌避しているがために、サブキャラの設定云々についてあまり考察を入れないまま印象先行で文章を作ってしまっていることが分かる。冒頭に書いたように、これはある程度仕方のないことで、むしろ感想なのであれば印象先行も十分に許容されるべきである。一応、彼らがやり玉にあげるようなシリアス要素をある程度一般化しておくと、「ヒロインが大病を患う」などの死が絡んだ要素と、「唐突にヤンキー軍団に絡まれる」などの「外部」いや内部と融和する見込みのない何かの急な来襲、この二点を挙げることができる(それ以外にもあるだろう)。おそらく、まどそふとが「排除」した「鬱展開」というのは、前者を中心としたシナリオのはずだ。前作『ワガハイ』の段階でも、たとえば兎亜ルートではそれなりのシリアス要素が最後にあった(その是非はここでは問わない)。実際問題、いわゆるバカゲーかよほど抜きゲーに接近したゲームでもない限り、日常ものを謳うタイトルでも高確率でシリアス展開の一つや二つはある。これには、イチャイチャだけでシナリオを〆ることが極めて難しいという制作側の都合もあるだろう(萌え抜きゲーの大家であるま~まれぇどですらシリアス要素はある)。シリアス展開に敏感なユーザーがこれらすべてにいちいち目くじらを立てては(流石に)いないことを考えると、おそらくどこかにラインがあって、それを超えるとダメ(というより不快判定)、といった構図になっているのだろうと推察される。

 

閑話休題。『ラズベリーキューブ』のシナリオについて、「不良に頼り過ぎ」というのは誤解である。ただ、シナリオに多様性があったかというとそうでもない、というのが本当のところで、おそらくその似通ったシナリオの構図もまたユーザーの誤解を招いた要因なのではと察する。この作品はヒロインどうしの絡みが少ないのだが、そのせいだろうか、主人公とヒロインが二人で外部の問題や敵と対立する、という展開が多く、それにサブキャラクターがどう反応するか、というところまで似ているのだ。これについても一概に批判できるところではないのだが、指摘しておく価値はあるので、ここに短くまとめておく。

 

シナリオの是非はあれど、ヒロインの魅力を引き出すことに関しては流石まどそふとと言うべきで、ヒロインが時に積極的に、時に控えめに主人公に迫ってきてくれる、その一部始終を堪能するだけで相当な満足感が得られる。特に、みなとルートで彼女が見せる様々な側面は本当に飽きさせてくれない。彼女の実家に帰省した時のノスタルジックかつしんみりとした雰囲気から普段の元気いっぱいな姿まで、すべてこの目に焼き付いていて離れない。付き合い始めてからの豹変ぶりで言えば瑠莉だろうか――おそらく、OPは瑠莉と主人公のことを歌っているのだろう。もちろん、美琴にしても悠にしても、それぞれがきちんとかわいさを伝えにきてくれる。こんなに嬉しいことはない。

 

ホームページで謳ったとおり、かわいいというよりキュートな絵柄で、ポップな印象を持たせながら、きちんとこちらの胸をときめかせてくれる、その意味で言えば、『ラズベリーキューブ』もまた、まどそふとの正統な血脈を受け継ぐ作品なのだ。共通ルートにマップシステムを導入する、そもそもその共通ルート自体非常に短い、などの実験的な要素を取り入れてはいるが、それらが今後どのようにブラッシュアップされていくのか、あるいは廃止されるのかはまだ未知数だ。まどそふと的なもののひとまずの決算を済ませつつ、こうした要素を取り入れてみようとする姿勢は、ブランドとして非常に前向きで好感が持てる。今までのまどそふとはどこにいて、今はどこに立っているのか。そして、これからどこへ行くのか。なんとなく、まどそふとの目指すものについて考えさせられもする作品だったように思う。とにかく、キャラゲー好きならマストプレイだ。

 

謎縛りABBA曲7選

映画版『MAMMA MIA! Here We Go Again』の日本での上映が始まって早ひと月弱。いわゆるジュークボックス・ミュージカルとしては破格の知名度を誇る前作の続編であり、新作も公開前から注目度が高かった。例によってスウェーデンの誇る世界的ポップグループ・ABBAの楽曲をふんだんに使った贅沢な仕上がりになっている。まだ触れていない人は、サウンドトラックだけでも是非。

 

さて、そんな時期にあって、筆者の中でABBA熱が再燃している。元々中学時代には浴びるほど聴いていたのだが、以降も折に触れて聴き返すことになった、ある意味因縁のグループでもある。70年代後半から80年代前半にかけてのポップスのスタンダード・ナンバーが揃っているベスト盤『GOLD』は、やはりオールタイム・ベストだ。いかにグループ解散後に発売されたベストとはいえ、一曲も外さないというのは凄まじいの一言に尽きる。「Dancing Queen」から「Waterloo」まで、ひと息も尽かせてくれない。

 

だが、ABBAの楽曲は「GOLD」に収録されたものだけ持ち出されるきらいがあることも確かだ。解散後に発売されたベスト盤は、40周年記念盤で一枚追加されて合計3枚、もちろん未収録楽曲もある。

 

というわけで、ここでは(何番煎じか分からないが)『GOLD』に収録されていない曲に絞って、何曲か紹介してみようと思う。筆者の個人的センスによるものなので、統一感は全くない(はず)。その点はご承知おきを。

 

あと、試聴コーナー作ろうと思ったけど、アフィリエイト云々がめんどくさかったのでパス。ごめんなさい。Vevoがサポートしてるものに関してはYouTubeリンク貼っておくので、それでお茶を濁した、ということで。

 


 

※草創期のアルバムである『RING RING』は流石に割愛。あのアルバムに触れる時は前史についてページを割く必要があり、片手間でできる作業ではない。

 

1.「Honey, Honey」from『WATERLOO』

 

...とか言いながら一曲目から映画版『MAMMA MIA!』(第一作)の冒頭にかかる曲を出してどうするんだ、といった感じである。というかこの企画『MAMMA MIA!』収録曲も除かないとなんの意味もないんじゃ。

「Waterloo」でユーロビジョン優勝を果たしたABBAが送り出したアルバムに収録されているのだが、この頃のABBAはまだ方向性を固めきっていないようにも感じられる。模索の時代、とでも言えばいいだろうか。サウンド的にもABBAっぽさというものはまだ完成しきっていない。とはいえ、キャッチ―なフレーズと覚えやすい歌詞は流石と言ったところか。

ABBAはコーラスに男性二人が参加することはあっても、メロディーラインを歌うことは稀なチームだった。それこそ、一般の人は「Does Your Mother Know」くらいしか思い浮かばないのではないか。とはいえ、初期の頃は、女声と男声でユニゾンを試みることも多かった。この曲は、部分部分で男声が入る、というつくりをしていて、ABBAの中では珍しい曲だ。

後世映画版『MAMMA MIA!』(第一作)でアレンジされた際には、男声部分がインストゥルメンタルになった。アマンダ・サイフリッド(が本当に歌っているかどうかは分からないがクレジット上はアマンダ)の瑞々しい声に、しっかりと当世風に仕込み直されたサウンドが相まって、同サウンドトラックのトップバッターを飾るに相応しい仕上がりになっている。こちらもどうぞ。

 

 

2.「I Do, I Do, I Do, I Do, I Do」from『ABBA

 

Abba - I Do, I Do, I Do, I Do, I Do - YouTube

 

これもやっぱり映画版『MAMMA MIA!』(第一作)のOSTに入ってるんだよなあ、と愚痴ってみる。

ABBAの曲は、歌詞でみるとだいたい3種類ある。恋に浮かれてアタックをかけている曲と、失恋/離婚してどうしよう、という曲、それに、大失敗した知人を慰めるナンバー。ちなみにこの分類に当てはまらないその他の曲は大抵なぜそんな歌詞の曲を作ろうと思ったのかさっぱり分からない。

この曲は最初のパターン。タイトルの段階でなかなかインパクトがあるのだが、実際にメロディに乗せてみるとこれがもう威力抜群。タイトルそのままのフレーズが頭からこびりついて離れない。

ABBAは、「Dancing Queen」のイメージが強いからだろうか、ディスコミュージックの完成形と看做されることも多い。確かに(当時の)シンセサイザーを使ったサウンドはそれに近いものを想起させてくれるのだが、実際のところはこうした親しみやすいフレーズこそこのグループの底力なのだと思う。尤も、作曲的に相当工夫されたものも多いし、最晩期の曲はそうでないことも多いのだけれど(私見を述べれば、最後のアルバム『THE VISITORS』の影が薄いのは、これが原因である気もする)。

 

 

※続く2枚のアルバム『ARRIVAL』と『THE ALBUM』に入っている曲は、どれもこれも有名で触れられないので、割愛。

 

 

3.「Angeleyes」from『VOULEZ-VOUS』

 

今回の映画『MAMMA MIA! Here We Go Again』のOSTについて文句というか言いがかりというか、疑問に思うところが一点だけある。日本版iTunes Storeでのこの曲の表記が「Angel Eyes」になっているのである。オリジナルは「Angeleyes」とスペースが無かったはず。なぜこうなってしまったのか謎。

一曲たりとも触れなかった2枚のアルバムで、ABBAは世界的な知名度を得るに至り、その中で自分たちのサウンドというものを確立していく。かの「Dancing Queen」が収録されていたのは『ARRIVAL』である。

「Angeleyes」は、おそらくそうしたABBA特有のコーラスで遊んだかのようなサウンドが最も前面に出てきている曲の一つだろう。作曲的には、積み重ねられた女声のコーラスが映えるサビ部分と、男声も支えるサビ前のパートの、シームレスなようで引っかかりを残した繋ぎと、さらにはそれらと間奏との間で行われるギアチェンジが見事だ。サビの終わりが特徴的なので、ミュージカルや映画に持ち込む際はここの処理に相当難儀したことだろう。実際、映画版のOSTを聴いてみると、かなりアレンジが加えられていて、原形がどうなっていたのか分かりづらくすらある。

昔はこの曲の引っかかりがどうにも気になって、聴きこんでみたいけど触れない、といった、複雑な姿勢で接していた。今聴き返してみると、ノリにノっていたABBAの、ある意味では真骨頂とも言える曲なのではないか、と感じられた。

 

 

4.「Summer Night City」from『VOULEZ-VOUS +6』

 

Abba - Summer Night City - YouTube

 

ABBAは、ベスト盤を除くオリジナルのアルバムに関して、リマスターを行った際に幾つか楽曲を追加している。+6というのは、リマスター版で6曲追加された、という意味だ。

この楽曲「Summer Night City」は、元々シングルでのみ発売されていたものだ。後にリマスター版で収録された他、『MORE GOLD』にも盛り込まれた。1978年発売のシングルなので、本来であれば1979年発売のアルバム『VOULEZ-VOUS』オリジナル版の収録曲より先に紹介すべきだが、ここではリマスター版で追加されたという事実を重視して「Angeleyes」より後に項目を立てている。

この曲は、ABBAファン以外からも人気のある楽曲だ。実際、『GOLD』に続くベスト、『MORE GOLD』では一曲目に抜擢されている(ちなみに、『GOLD』の一曲目はもちろん「Dancing Queen」)。

しかし、ABBAファンの間では、この曲は別の意味で有名だ。というのも、作編曲を担当している男性二人が、当初からこの曲についてずっとネガティブなコメントばかり残しているのだ。

実際、この時期のABBAの曲の中で、「Summer Night City」は浮いている。いや、ABBA全体を通してみても、なかなかこれに類似した曲は見当たらないだろう。だからこそ、ABBAファン以外の一般層からもウケがいい、とも言えるのだが。雰囲気的には夜の世界を題材にしていて、似たような曲はある。ビートをそれなりに押し出し、男声やアルトボイスを積極的にメロディへ絡めていくことで、サビの落ち着いた女声高音がかえって際立ち、健全さがよく語られるABBAの文脈にあって、アダルティックな雰囲気を醸し出すことに成功している。

彼ら自身の評価にかかわらず、この曲が音楽的にも売上的にもそれなりの成功を収めていることは確かだ。この時期のABBAは何をやっても上手くいくまさにフィーバー状態だったということの証左である、とも言えるかもしれない。

 

 

5.「Happy New Year」from『SUPER TROUPER』

 

Abba - Happy New Year - YouTube

 

『MORE GOLD』どころか40周年記念盤のベスト3枚目にも収録されていないので、聴く場合は元のアルバムを当たるよりない。なぜか日本のVevoYouTubeで公開しているが。

楽曲的に云々、というか、歌詞がなかなか面白い。新年おめでと~! みたいな雰囲気は一切なく、むしろ、年の変わり目にはしゃぎ切った、その後に残る静寂と、静謐な時間の中にある私たちが語られる。

落ち着いたメロディと調選びは、元よりABBAの得意とするところだ。ただ、この曲は「Chiquitita」や「Fernando」にあるような、明るく振る舞うパートはなく、ひたすらに静寂を紡ぎ続ける。混じり気の一切ない、来たる新年への私たちの静かな祈りが、そのまま曲になってしまったかのような、そんな雰囲気すらある。

 

 

6.「Under Attack」from『THE VISITORS +6』

 

Abba - Under Attack - YouTube

 

これもリマスター版でアルバムに加わった曲。『GOLD』以前のベスト盤などにも収録されている他、『MORE GOLD』にもある。

この『THE VISITORS』はABBAのスタジオ・アルバムとしては最後のものなのだが、如何せん収録曲の影が薄い。本当に薄い。世間一般の人にこのアルバムの名前を出しても、あるいは個々の楽曲について尋ねてみても、ほとんど反応が返ってこない。せいぜい「One of Us」を知っているかどうかだ。

確かに、上で少し触れたが、ABBAの持つキャッチ―な部分はこの頃になると影を潜めるようになっている。その辺りが、このアルバムの世間における浸透度に影響を与えているのかもしれない。

しかし、このABBA最後のアルバムは、むしろ彼らが新しい方向を示そうとした作品であり、個人的にはもっと評価されてよいと考えている。

ABBAの晩期はメンバー間の不和と離婚により、グループ内部でもぎくしゃくしたものが蔓延っていた。その中にあって、離婚を真正面から捉えた「When All Is Said and Done」などは、芯の通ったアルトボイスによって新たな人生への力強い踏み込みを感じさせてくれる名曲だ(余談だが、離婚を題材にしていたはずのこの曲は、映画版『MAMMA MIA!』(第一作)では逆に結婚に向けた一曲へと模様替えされている。男性陣二人が何を思ってそうしたのか、少し気になるところではある)。

同時期に録音された「Under Attack」は、踊り出してしまいそうなビートでこそないが、ABBAらしいサウンドを引き継ぎながら、新たな音の方向性を提示しようとしていて、まさに最晩期ABBAらしい一曲だ。サビ部分の、重層を為す女声コーラスが耳に実に心地よい。サビに至るまでの起伏の少ないバックサウンドや、ドラムではなくむしろ抑えた調子の一本ボーカルによってリードされる独特のリズムが、完成度の高い、よく加工されたメロディアスなサビ部分、特にそのコーラスのインパクトを強めている。メロディラインをギリギリ打ち消さない程度まで存在感を放ってくるコーラスに何回か耳と頭を持っていかれそうになったことがある。必聴。

 

 

7.「I Am the City」from『MORE GOLD』

 

最後に謎の一曲をば。

ABBAの最晩年に収録された、しかし発表されることがなかった一曲が「I Am the City」だ。結局、グループ解散後しばらく経った後に発売されたベスト盤『MORE GOLD』に収録され、私たちの耳に届けられた。

一言で言えば、謎の楽曲だ。サウンド的には、「Under Attack」にも通じる、ABBA最晩期のものとほぼ同種と判断してよいのだが、問題はその歌詞。本当に「I Am the City」なのである。そうとしか表現しようがない。比喩として何か語りたかったのか、それとも別の思惑があったのか、それすらも判断できない、

とはいえ、音楽的には円熟の域に達したABBAの佳曲と呼んで差し支えない仕上がりになっている。これだけの完成度の楽曲をお蔵入りさせていたのだから、ABBA恐るべしと言うほかない。

 


 

元々は『THE VISITORS』全曲紹介でもやるか~、と思っていたのだが、流石にそれはどうだろうと思い直してこの企画を通してみたら、なんとまあ普通の出来になってしまった。まあ、ABBAに関心のある人がちょろりと聞いて「これもABBAなんだ~」と思ってくれれば御の字、ということで。

 

最後に、超個人的ABBAルネサンスの中で、そういえばこんなアルバムもあったなあ、と思い出したので、一応紹介。

2012年に発売された、ABBAのジャズアレンジ集がこちら。ABBAは版権管理やクオリティ管理に厳しいことで有名で、アレンジアルバムやトリビュートアルバムの数が少ないのだが、これは貴重なABBAオンリーのインストゥルメンタルアレンジアルバム(ボーカルなし)。なんとドラムがSteve Gaddという。個人的にオススメの一枚。気になる人はどうぞ。

 

Same Tree Different Fruit - ABBA (アバ-ジャズ)

Same Tree Different Fruit - ABBA (アバ-ジャズ)

  • アンデッシュ・ヴィーク, スティーヴ・ガット & スヴァンテ・ヘンリソン
  • ジャズ
  • ¥2400

 

(カタカナで楽曲表記されると、どうにもしまらない印象になるが、それはご愛敬ということで)

 

(了)